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澄央は返事をせずに、抱きついていた九蔵の体を離して立ち上がった。
不満は不満。だけど、さっき聞いたことをニューイに言う気はない。九蔵の頼みは聞く。大事な頼み。
とはいえ、このご時世だ。
エルボゥの辻斬りが悪魔を襲ったりしたりすることがないこともないだろう。抉り込むようなエルボゥを。
「ふむ……」
「ナス、なに考えてんだ」
「いえ別に」
「あのな、他人の恋路に首突っ込むと馬に蹴られて死ぬんだぜ」
「首じゃなくて肘を……」
「澄央」
「ス」
冷ややかに名前を呼ばれると、反射的に頷いてしまった。
やはり器用な九蔵である。
澄央に応えるために、ちゃんと経緯や自分の心を説明した。
けれどそれにより憤るかもしれない澄央のニューイへの八つ当たりは、きっちり阻止。こういうところも尊敬している。
「自己解決がうまい人スね」
「は? なんか言ったか」
「なんもス」
プイ、と九蔵に背を向け、澄央はカウンターの向こうに戻り来客を待機した。
歯がゆいものだ。
友人たちの恋を手助けできないとは。
「あ。話戻すスけど、ココさんはユニバとランドとシー、どれがいいスか」
「どこでもいいぜ。実はどれも行ったことねぇんだよなぁ」
「マジスか。じゃあまずは現地でカチューシャ耳着けねぇとスね」
「まずの使い方がおかしい」
表向き平然を装って、いつも通りの取り留めのない会話を始めた。
そのほうが九蔵は嬉しいだろう。
自分の傷を取り立てて騒がれて万が一ニューイに伝われば、と危惧する九蔵なので、なかったことにしてもらうのが一番安心するはずだ。
(……ニューイのマヌケ……)
しかし澄央の脳裏には、一人の悪魔の煌びやかな笑顔が浮かんでいた。
盟友であり友人。シビアな目で見ても間違いなく、ニューイは九蔵を大切にしてくれていたと確信している。
あの二人はピッタリだ。
お似合いのカップルなのに。
ド素直ワンコなニューイがわかりやすいから、コミュ障で逃げ腰な九蔵は不安にならずに済んでいた。構い過ぎられるくらいがちょうどいいのだ。
そしてなんやかんやで一度懐に入れると受け入れ体質で世話を焼く九蔵だから、悪魔でポンコツで暴走気味なニューイが普通に暮らせている。
器用で不器用な九蔵。
不器用で器用なニューイ。
生活と交流。体と心。
お互いがお互いをケアしていて、澄央は本当に「うまいもんだな」と思った。
それなのにニューイがなにを考えているのかわからないと、うまいもんもまずくなる。
二人ともが一人で勝手に抱え込むから、グルメな友人が困るわけだ。
いっそ強めに殴りたい。
いいや、片っ端からプロレスの絞め技をかけたい。手を出すなと言われているので、やらないが。
「んじゃ、ズーズィにはどこでも良いって言っとくス」
「あいよ」
──俺はステキな後輩スから、ニューイには、言わねースよ。ココさん。
トントンとスマホをつつきながら、澄央はもどかしい二人を思い、ペロリと舌を出した。
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