137 / 459

137

『こ、殺すって、なにを……!』 「だってそうでしょ? クーにゃん置いて消えるってことは、そのあとニュっちが知らない間に事故や事件や怪我や病気やなんやかんやでクーにゃんが死ぬこともあるじゃん。でも置いて消えるんだからそれもどうでもいいってことだよね?」 『良くない! 良くない!』  閉じこもっていた翼をバサッ、と大きく広げ、ニューイは弾丸のように飛び出した。  九蔵の姿をしたズーズィにも怯まず掴みかかり、ズーズィを草原へ押し倒す。ズーズィが「ぅげっ」と呻くが、ニューイには構う余裕がない。 『九蔵は幸せにならないとダメだ! 私を忘れて平和な日々を生きるのだ! 痛いことも辛いことも苦しいことも全部九蔵には必要ない! 九蔵を傷つけるものは、この体が消えてしまおうとも、必ず私が全て排除する……! 例えそばにいなくても、九蔵が私を憎んでも、絶対にだ!』  カタカタと激しく下顎骨を揺らし、食いかかって抗議した。  しかし涙で濡れそぼった頭蓋を鳴らして威嚇するニューイを、ズーズィは鼻で笑う。 「そぉんな外敵からだけ守ってもねぇ? 心のキズはどうすんのさ。クーにゃんの過去の話を聞いただろ? またずる賢いやつに搾取されたらクーにゃんは一人ぼっちで泣くだろーなー! メソメソメソ〜」 『泣かせない! 泣かせる存在を呪えばいい!』 「じゃあクーにゃんが別の人に恋して、そいつがクソ野郎だったら? それも心にキズができるじゃん。けど好きな人呪われたら、クーにゃんは嫌だよねぇ?」 『っ……そ、そんな人間はやめにすればいいのだ……!』 「クーにゃんがそいつ好きなんだよ? 恋に関しちゃ一途で不器用で一生懸命なクーにゃんが、クソ野郎でも好きな人をやめにするわけねーじゃん。わかるっしょ」  ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべるズーズィを見つめ、燃え上がる感情を止められたニューイは、長い尾を無作為にくねらせた。  九蔵の恋心がひたむきなことくらい、今のニューイは身に染みてわかっている。  クソ野郎の悪魔に一生片想いを覚悟する九蔵なら、本気で愛したクソ野郎の人間がクソ野郎でも許すだろう。  わかっていても、濃霧のようなモヤが胸にすくって晴れない。 『でもっ、でも九蔵を泣かせてなにもしない人間は悪い子だっ……九蔵に相応しくないから、やめにしたほうが……』 「えー? けどクーにゃんは恋人に慰めを期待して弱さを見せたりしねーし?」  視線をうろつかせてしどろもどろと訴えると、ズーズィはベ、と舌を出す。 「むしろいっぱい我慢して、言うことなんでも聞いちゃうんじゃね? 玉子焼きだってたくさん作るし、ご飯も家事もみんなやって、アルバイト頑張って貢いでさ」 『なっ……!』  絶句した。  ニューイの知らないところで作った九蔵を泣かせるような恋人が、九蔵に労働をさせて搾取しようと言うのか。 「そんでもクソ野郎だから? いい加減にしろってクーにゃんが怒っても、逆上してボコボコに殴られたり無理矢理犯されたりするんだ。ワイドショーで見たよ? ディーブイってやつ」 『殺すしかない! そんなクソ野郎はケツに酸性の沼水を注ぎ有刺鉄線をブチ込んで二度とオイタができない体にしてやるッ! 九蔵の姿を見ることさえ叶わないよう、来世まで呪ってやるからな……ッ!』 「は? クーにゃん置いて消えるくせに、いっちょまえにキレてんの? なに様?」 『っあ……い、いや……』  火に油を注ぐ未来を想像させられ、ニューイはカッ! と頭蓋に血が上り、思わず殺意が沸いた。  けれど直後に嘲笑され、我に返る。  そうだ。自分には怒る権利がない。  イチルとの約束を選び九蔵の恋心を捨てて消えるくせに、九蔵の恋人に文句を言うのはお門違いである。  わかっている。わかっているとも。  わかっているが、九蔵の恋人が残忍だと許せそうにないのだ。 「だから殺すの? 好きな人殺されたら、クーにゃんめちゃくちゃ悲しいだろうな〜」 『……ひ、酷い恋人だからだっ。酷くなければ、私だって安心して祝福できる!』  力強く言い切ると、ズーズィは「じゃ、ハッピーパターン」と笑ってニューイ胸をツンと指で突いた。

ともだちにシェアしよう!