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「想像してみ? クーにゃんがニュっちじゃない新しい恋人と抱き合って眠って、笑って、話して、キスして、セックスする。ニュっちしか見たことない熱の篭ったやらしーい顔で、甘ったるい声と視線を絡めて〝愛してるよ〟って言うのさ」 『っ……!』 「ニュっちのことなんか忘れて、クーにゃんは新しい恋人に夢中だよ」 『……そ、それは……』 「よかったね? お望み通りじゃん」 『…………』  ニューイはなにも言えない。  九蔵は幸せになる。  ニューイがイチルとの約束を守るために九蔵を捨てて消えたあと、ニューイではない人に恋をして幸せになる。  もしそれが約束された未来なら、安心して消えられる。  これなら二人ともハッピーエンド。  ──……んなわけ、あるか。 「いいわけない……九蔵の相手が私じゃない相手なら、それが誰だろうと、私は相手が恨めしい……」  気がつけば、ニューイの姿は九蔵に愛された人間の姿を形づくっていた。  無意識に九蔵に好かれたいと願ったせいだ。真っ赤に染まった顔をクシャクシャにして、想像に過ぎない未来を妬んでいる。 「じゃ、ニュっちがクーにゃんの恋人になればいい」 「!」  ズーズィは愉快げに笑った。  ニューイは目を丸くする。 「クーにゃんを傷つけるのが嫌なら、ニュっちがそばで守ればいい。泣いたら抱きしめて、一人ぼっちにしなければいい。傷つけたぶん、いやそれ以上に、幸せにしてあげればいい」 「……っあ……」  ニューイのイチルへの想いを聞いてもなおその結論を語るズーズィの言い分を理解し、ニューイはしばし呆然とした。  それは結局、元の木阿弥。  話はループするような結論だが、ニューイはなにも言わず、長い時を考えた。  それからなんとか、立ち上がる。  肩を丸め、イチルの墓石を愛おしくなでながらシュンと目を伏せる。 「私は、イチルを愛している。……でも、九蔵の……そばにいたいよ」 「知ってる」  ズーズィは隣に立った。  イチルの墓石に同じように手を伸ばし、指先で円を描いてからかう。 「私は……あんなに愛していたイチルが死んでしまったら、もうどうでもよくなったのかな……」 「ハッ。恋愛にルールなんかないね。オマエはなんでも難しく考えスギ」 「そうかい?」 「そ。悪魔なんだから、もっと欲張りになればいいじゃん」 「もう欲張りだと思うが」 「足んねーし。ニュっちがこんなに泣き叫んで苦悩して選べないって死にそうなのは、なんでかっつー」  ヒョイ、と罰当たりにもイチルの墓石の上に飛び乗り、九蔵の姿をしたズーズィはニヤリと悪戯っぽく笑った。  それを咎めなかったのは、亡くなったイチルを愛していないからではない。  ズーズィの目が、悪魔には乏しいはずの愛情や優しさに満ち溢れていたからだ。  欲張りになろう。  人間なんて比べ物にならないほど傲慢で、残忍で、貪欲な悪魔らしく。  ニューイは跪き、イチルの名が記された凹凸へ唇を落とした。  背筋を伸ばし、立ち上がる。充血して腫れた目元を緩ませ、ここにきて初めて憂いのない柔らかな笑みを浮かべた。 「私がこんなに選べないのは……どちらも一番に愛しているから、だね」  愛する人とは、比べるものではない。  同じ人だから見つけたが、違う人だからもう一度恋をした。  それはどちらも、本気の恋だ。  一度目の恋も二度目の恋も、比べようのない、本気で求めた恋なのだ。  ──さぁ、行こう。  ──傷つけたぶんだけ、待たせたぶんだけ、今度は自分が恋を尽くそう。  ──誠心誠意、本気が伝わるように。 「私は、九蔵じゃないとダメなんだ」  ニューイは拳を握り、悲しい決断を笑ってこなした器用な想い人の元へ向かい、一心に翼をはためかせた。

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