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「……はー……キレイな生き物って世話が焼けるよ。ね、イっちゃん」  ──取り残されたズーズィは、呆れた笑みを浮かべて自分が座る墓石をポンと叩く。  ズーズィは、愛だの恋だのという感情を、今のところよくわかっていない。  ノーマルな悪魔として生まれてきたのだから当然だ。特別人や悪魔に優しくしたいとも思わなかった。  けれど、不思議と優しく生まれた悪魔を幼い頃から見ていたおかげで、彼が訴える〝寄り添う世界〟もいいものなのだろう、くらいには思っている。  だからこそ。 『私、もうすぐ死ぬんだ』  あの日のズーズィは、窓の外から何十年と憎らしそうに中を覗いていたズーズィに声をかける少女と、話をしてみる気になったのだ。 『は? なんで?』 『肉体が老化しなくても、稼働し続けた器官は何れ限界が来て寿命が尽きるのさ。普通より長いその寿命が、たぶんそろそろ終わりそうなんだよ』 『意味わかんね』 『ニューイは気づいていないけどね。もちろん、ナイショにしておいて』 『じゃーバラせば? ニュっちに本契約してもらえばいーじゃん。悪魔の能力が尽きない限り縛られる……つまり、生きられんだよ? 永遠にさ』 『ダメだよ。長生きはもう十分。それに……私のために生きる彼を、いい加減、解放しなきゃ』 『ウザ』  イチルは傲慢だ。  永遠を生きる覚悟もなく、弱いくせに自分が満ちるまでニューイを縛って、飽きたら勝手に死のうと言う。  ズーズィが厳しい視線で睨みつけると、イチルは静かに笑った。 『ニューイを愛してる。ニューイも私を愛してくれた。紛れもなく幸せだよ』 『飽きたくせに』 『飽きるわけない。……けれど私といる限り、ニューイはこの屋敷から出ることなく、私と二人きりで永遠を過ごすのだろう。ずっと愛し合おうと約束したから……軽率に、縛ったの』 『……チッ……』 『だから私は、寿命を受け入れる』  そんなことを聞かされると、恨みも生まれるが、責めることはできないじゃないか。  ズーズィは歯噛みした。  ニューイは、かなり愛情深い。  それをわかっていて他に目を向けさせることなく百年もニューイを独占したイチルは、悪く言えば、わざとニューイを自分に依存させた。独り占めしていた。  愛という支えは、共倒れだ。  片方が死ねばもう片方も死ぬ。  ニューイの世界が閉じていると気づいて我に返った今、イチルは死を覚悟したのだ。鎖のような、愛という名の束縛に。 『じゃ、ボクの仕事はニュっちのアフターケアってこと?』 『それもあるけど、もっと大事なことがあるんだよ』 『大事なこと?』 『もし、ニューイがまた恋をしたら、私が縛った彼を解放してあげてほしいの』  ──イチルは語る。  素直で優しいニューイに漬け込んで交わした約束により、極大の愛を甘受し続けた。  それがニューイの世界を閉ざすと気づくと同時に、自分が死んでもニューイは約束を守ろうとするだろうとも気づいた。  かと言って、イチルが約束はもういいと伝えても、ニューイは理解できない。  イチルではない人が、来る時にニューイの心に無理矢理理解させなければならない。 『私と共に、ニューイの幸せが終わるようじゃダメなんだ。長く生きる悪魔だからこそ、幸せも長くあるべきでしょ?』  ズーズィは黙って聞いていた。  愉快な幼なじみをずいぶん独り占めした気に食わない人間なのに、ニューイのことを真剣に愛しているとわかるからだ。  他の誰でもないズーズィに頼みごとをしたのも、選択肢がなかったからかもしれないが、ニューイとズーズィがお互いを大切にしている関係だと見抜いているからだろう。 『だからニューイが恋をした時、キミがニューイを自由にしてあげて』 『ケッ。言われなくても』  イチルの本気が伝わったので、ズーズィはイチルの頼みを聞くことにした。  交わした約束も話したこともニューイには秘密にして、イチルなんてどうでもいいというフリをしておけばいい。  この時は、イチルのことは本当にどうでもよかったから、問題なかった。 『けど、あんたはいいの?』 『ん?』 『自分が死んだあと、ニュっちが他の人を愛したら寂しいんじゃね? ほら、人間って自分勝手で弱くて独りよがりだし』 『あはっ! 散々な言われようだね! でも、ニューイの言った通りだ。〝ズーズィは口が悪くていじめっ子だけど、実は優しいネズミなのだよ〟って』 『事実無根なんですけどぉ〜?』  ズーズィがふくれっ面になると、イチルは茶目っ気たっぷりにウィンクを見せ、唇に指先を当てる。 『寂しいかって? そりゃあもちろん──死人に口なし。意思もなし! 死んでしまえば、寂しいわけないじゃないか!』 「ははっ! イっちゃんのそういうとこ、マジで最高だったわ〜!」  生きている今は、想像するだけで震えるほど寂しさを感じるくせに  そう言って笑ったイチルを、今のズーズィはどうでもよくないくらいには、気に入っていたりするのであった。

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