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◇ ◇ ◇
その日の夜。
「というわけで、俺は大いに拗ねてるッス。俺のポジションが奪われかねないス」
「ふむ。ツッコミどころが目白押しの案件だね」
ズーズィから澄央のお誘いを聞き個室のある鍋物屋さんに集まったニューイは、不貞腐れながら頬袋いっぱいに白米を詰め込む澄央を前に、コクリと頷いた。
越後という新人との出会いから今に至るまでを、ダイジェストで聞いたのだ。
九蔵が童貞非処女の星なるものになりたがっている話も聞いたので、今度からセックスに多様性を持たせようと思う。
悪魔能力の腕が鳴るぜ! ……というのは置いておいて。今の話のツッコミどころを処理せねば。
「まず、一つ」
「なんふふぁ 」
「私は九蔵から、その越後 明日夏の話を聞いたことがない。真木茄 澄央が言うほど、九蔵は越後 明日夏のことを気にしていないのではないか?」
ニューイは「というかそうであれ」と、言外に期待を込めて言った。
でなきゃ九蔵はお気に入りになった新しい後輩の話を、ニューイと共有しなかったことになる。
あんまりだろう?
ニューイは本日の出来事を口止めされない限りいつも九蔵へつまびらかに語るというのに、九蔵は自分情報をケチるのだ。
それは澄央の言い分とは別に、ニューイの言い分として〝大いに拗ねてるッス〟な問題である。
「九蔵はオタク だから、好きなものの話はよーく話すよ。真木茄 澄央もよく話に出てくる。越後 明日夏は出てこない。ノープロブレムである」
ニューイは味噌ちゃんこのシャケを食しつつ、気持ち唇を尖らせた。
しかし澄央はゴクリとメシを飲み込み、味噌ちゃんこを器によそいながらチクチクと文句を重ねる。
「五日前、ココさん夜勤だったス。帰ってきたの、夜明け過ぎだったスね?」
「? その通りだ」
「あれはイチゴと俺とメシ食ってたから夜が明けたんスよ? しかもココさんから誘ったんス。俺より先に、イチゴに声掛けて」
「なん……だと……?」
ニューイは開いた口を、パクパクと震わせた。それはおかしい。一大事だ。
──なんたってあの個々残 九蔵。
我らの九蔵さんが、イケメンの寝顔をこっそり撮影できる夜明け前の帰宅を差し置いて、ただの後輩を食事に誘うわけがない!
九蔵のメンクイに理解のある心の広いニューイは、ワナワナと震えた。
それほど九蔵は、ニューイの顔を日々飽きずに愛しているのだ。
本人曰く、表に出さないスキルがついただけで、脳内ではいつでも「顔がイイ」と鳴いているらしい。
寝顔の撮影はその延長線上だ。
事前に撮影の許可は出している。堂々と撮るのが恥ずかしい九蔵はカワイイ。
澄央だけならいざ知らず。そんな九蔵がイケメンでもない新人男を食事に誘うなんて、ありえない。
ニューイと澄央の認識では、素の九蔵は基本的にイエス定時ノー残業、プライベートは侵食拒否、な人付き合いが悪い男なのだ。
割と酷い認識である。
この場に本人がいたら死んでいた。
「ぐぬぬ……確かに、九蔵はその男がお気に入りのようだ……くぅ〜聞いていないよ九蔵〜……!」
「そーれがココさんの悪い癖ス」
頭を抱えるニューイを前に、澄央は大盛りの味噌ちゃんこをムグムグと頬張った。やけ食いをしているらしい。
そんな澄央を見て、ニューイも味噌ちゃんこを山盛り器によそう。
ツッコミどころはまだあるとも。それも、なかなか大きなツッコミどころが。
「もう一つ」
「むぁんむふぁ 」
「ライバル登場でそんなに拗ねるとは、真木茄 澄央……九蔵にラブなのかい? 前から思っていたが、キミは友人にしては九蔵と距離が近いぞ」
「むふぅ?」
ニューイがコテン、と首を傾げると、澄央はコテン、と首を傾げ返した。
友達ほぼゼロな九蔵以外、ズーズィもうまい屋のスタッフもみんな気になっていた事柄に、ついにニューイが触れた瞬間である。
澄央はモグモグと口の中のものを咀嚼し、ゴクリと飲み込む。
それからいつも通りの変化に乏しい面差しで、ニューイを見つめた。
「そうス。実は、ラブなんス」
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