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「こいつはもう別の職に就いています……! 無理です……!」 「ココ。お前ならわかるだろ? イケメンを雇う利点が」 「わかりますけど!」 「うまい屋はお手頃価格。毎日食うメシ。日常メシなら、イケメンがいるというだけでランチの店を決めるのは十二分にあり得るんだよ。うちは牛丼を主戦力にする定食屋でありながら商品に変化と変わり種を用意し、女性層をしっかり確保している。奥様ウケするタイプのこのイケメンなら、胡桃町店の立地と客層的にも付加価値として即戦力になる。というか人当たりが良くて丁寧なイケメンは、すぐ近くの駅前のカフェやら美容院やら大学やらで働く女性客が来た時に、ヒットするだろ。噂にもするだろ。私は女の子がメシを食っている姿が大好きだ。イコール、是非昼の顔にしたい」 「めちゃくちゃわかりますけど!」 (そりゃもうメンクイとして大いにわかりますけど、俺の彼氏は悪魔様なんで──!)  せっかく回避した越後とエンカウントどころか同僚になるなんて許せるわけなく、九蔵は必死に榊を止めた。  利があると見れば即動く行動力。  尊敬しているが、今は封じてほしい。  なんとか榊を押さえると、榊はしぶしぶニューイに名刺を渡して諦めた。  あわよくばを狙っている。この身を賭して阻止せねば。  榊はチラリと時計を見て、そろそろ戻らなければと九蔵とニューイに断りを入れる。 「慌ただしくて悪いね、ニューイさん」 「構わないよ。九蔵のテンチョーがいい人間で嬉しいのだ。今度よければ、アルバイト中の九蔵の話を聞かせてほしい」 「オーケー。なんでも話そう。お客さんとして来てくれるかうまい屋で働いてくれればいつでもな」 「むむむ……九蔵の話を聞くためなら多少はやぶさかでも」 「ニューイ、やめろ。シオ店長、あわよくばはおやめください」 「チッ」  無理強いをせずにあくまで勧誘する榊に、九蔵はしっかりダメ押しをした。  お気に入りのスタッフに本気で止められた榊は、仕方なく背を向け店へと歩き出す。  よかった。これで終わりだ。  ホッと胸をなでおろしたのもつかの間──去り行く榊がなんの気なく呟いた言葉が、九蔵とニューイに襲いかかる。 「私としては、ココの恋人はナスだと思っていたんだがな……この前事務所で二人きりだった時にラブロマンスしてたのは、たまたまだったってことか。失礼」 「「え」」  最後の最後で投下された時限爆弾に、二人揃ってガチンッ、と硬直してしまった。  投下するだけ投下した榊が店の中へ消えていく姿をポカンと見送り、しばし時が止まる。いや、だって、ラブロマンス。 「……俺とナスがラブロマンス……」 「……つまり、イチャイチャと……」  夜の歩道で二人きりとなった九蔵とニューイを、ヒュゥ〜……と冬の風が吹いた。  ニューイは巻いていたマフラーを九蔵の首にマキマキと巻く。裸の両手を包み込み、温かい吐息を送って温める。  イケメンホッカイロめ。  真顔の九蔵の心臓はバクバクだ。 「九蔵はラブなロマンスをしたのかい?」 「いや、そんな記憶はねぇけど……」  九蔵とニューイは顔を見合せた。  ニューイは当然のこと、九蔵にも覚えがないのだ。  しかし数秒必死に頭をひねってそれらしい出来事を思い出した九蔵は、ハッ、と苦虫を噛み潰した。 「あっ、あの時のアレか」 「ふむ。覚えがあるのだね」  髪を結ってあげていた時のことだと気がついた九蔵に、ニューイがふむと頷く。マズイ。九蔵は内心でアワアワと慌て、弁明するべく急ぎ唸る。 「あの、ニューイ、違うぜ? さっきのロマンスうんぬんは別に浮気とかじゃなくてだなっ」 「わかっているぞ。それについては大丈夫だ。真木茄 澄央は九蔵に恋愛感情を抱いていないと言っていたから、ちょっかいを出されていたとは思っていないとも」 「そ、そっか。よかった」 「だけど、九蔵」 「っな……!?」  浮気疑惑を一瞬で払拭され安穏とニューイを見上げていたが、突然九蔵の体がヒョイと持ち上げられた。  ニューイが抱き抱えたのだ。  それも、お姫様抱っ、……横抱きに。 「今からちょっと、キミを口説かせてくれないかい?」  そして九蔵が羞恥に焼け焦げてなにか言うより先に──ニューイは翼をはためかせて、夜空へと飛び上がった。

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