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平日の昼間の住宅地とはいえ人目があるかもしれないのにハッキリ言いきられると、九蔵だってなにも言えない。
黙ってキュ、と握り返すと、ニューイは見えないしっぽをブンブンと振る。
ニヘラ、と嬉しげに破顔し、握った手を子どものように二人の間でブラリと揺らした。かわいい。
「それじゃあ、白い入浴剤とバラの花びらを買いに行こう。私たちの部屋をスウィートルームに変えるのだ!」
「うおっ、その発想はなかった」
「ふっふっふ。私はホテルマンになるから、九蔵はシェフになっておくれ」
「エッグベネディクト? 作ったことねぇけど、家で作れんのかね」
「どうだろう……うむ。アレをして調べてみようか。九蔵、スマートフォンを私のほうへ向けてほしい」
「あいよ」
「ヘイシリィ!」
ブーラブーラと握った手を揺らすたびに、お互いの首元でおそろいのネックレスもご機嫌に揺れる。
サプライズデートは大成功だった。
日常から脱した空間は素直に心をさらけ出せる。胸のしこりを解しあって、身も心も近づいた。
おかげで九蔵はワガママにもなれたし、ニューイは九蔵を溺愛するだけではなく、意地悪にもなった気がする。……いや、悪くはないのだが。
「次のデートは昼間に行こうぜ」
「行こうぜなのだ。だが昼間だと空を飛ぶのは危険だぞ? そうなるとあまり遠くには行けないよ」
「電車で行けばいいだろ?」
「あれは機械の塊じゃないか……!」
「お前ホント機械系天敵だなぁ」
九蔵とニューイは百円ショップとスーパーに寄ってから、えっちらおっちらお馴染みのアパートへたどり着いた。
雑談に花を咲かせながら、アパートの階段を昇って部屋の前を目指す。
足取りは軽く、心ハレルヤ。
「だって悪魔の世界には機械なんてないのだぞ? それっぽいカラクリは、全て悪魔素材でできている」
「電気もねぇのな」
「うむ。そもそも、家電がなくても悪魔能力でなんとでもなるからな」
「は〜……悪魔ってチートだわ」
そうして話しながらカン、カン、と階段を登りきり、九蔵とニューイはお馴染みのドアの前にたどり着いた。
のだが、ふと視線を感じてお隣さんのドアの方を見ると──
「「「…………」」」
──そこにいらっしゃったのは、見覚えのありまくるエクソシスト。兼、後輩。
「「……ど、どうも〜……」」
ピキ、と硬直して冷や汗をタラタラ流す九蔵とニューイは、揃って当たり障りない笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
越後はポカンと口を開けていたが、慌てて会釈を返し、九蔵とニューイを交互に二度見する。マズイ。誤魔化そう。
「ココど」
「初めまして。お引越しですか?」
「えっ? あっ、はい。内装が綺麗で広い割に安かったので、空きが出るのを待っていたのでござる。越後と申す」
「そうですか。個々残です」
「ニューイです」
「ご丁寧にどうも……」
「気にせずにな。なにかあったら頼っておくれ。燃えるゴミは火、木曜日。缶瓶ペットボトルは金曜日である」
「お、おお。かたじけない」
「それじゃあ俺たちはこれで」
「はい。では今後ともよろしく……」
ペコ、と会釈をしあって収め、九蔵は部屋の鍵をガチャガチャと開けた。
丁寧に先手を打つ九蔵で丸め込みにこやかスマイルのニューイで懐柔し、スムーズに退出。
越後も自分の部屋の鍵をガチャガチャと開けて、部屋の中に入ろうとする。
「いや悪魔って言ってたの聞こえてたでござるよッ!?」
「やっぱダメか! ずらかれニューイ!」
「かるのだ!」
「ちょっとココ殿! ココ殿ぉぉッ!」
バターンッ! とドアを閉め九蔵は、急いで鍵をかけた。
ドアをガンガンと叩く越後の声はこの際聞こえないふりをしよう。長くは持たないが、仕方ない。
「九蔵、九蔵。越後 明日夏は凶悪なのかい? 私はどうすればいいのかな?」
「うん……とりあえず、家族会議するか……」
九蔵は額に手を当て、はぁ、と特大のため息を吐いた。
第四話 了
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