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 全然気づかなかった。  九蔵が気づかなかったことも驚きだが、榊が来店に気づかなかったとは。  うまい屋のドアは二重なので、まず一つ目のドアを開く音で気がつく。  二つ目のドアを開いて中に入る時には、必ず前を向いて出迎えられるのだ。  けれど今回はどちらのドアの音もしなかった。おかしい。  九蔵は内心不審者の可能性を考えながら素早く客と相対する。 「…………」 「空いているお席へどうぞ。温かいお茶をお持ちいたします」  そこにいたのは──ツッコミどころ満載な男女二人組だった。  パーフェクト接客スマイルで全く動じずご案内をする榊に対し、九蔵は目視と同時にビキッ、と硬直する。マズイ。嫌な予感がビンビンじゃないか。 「茶か。キューヌ、どうする?」  一人はニューイくらい大きな背丈に対し筋肉質で、ガチムチ系の男だ。  マッシュショートの赤毛をツンと尖らせた彫りの深く男らしい顔立ちは、体格と相まってクマかと思った。  容姿の系統は、ギリギリ国内。  硬派で生真面目そうな印象だ。  ティーシャツがピチパツなところが若干気にはなったが。  深夜の三時はかなり冷え込む。なぜ二月に半袖なのだろうか。 「アタシ頂くわぁ。フフ、ドゥレドはお話聞いといてね?」  もう一人は目のやり場に困りまくる、ダイナマイトボディの美女だった。  こちらは完全に異国の美女だろう。  玉のような肌にカラーコンタクトなのか赤い瞳が映え、エレガントパーマのかかった金の髪は揺らぎ一つが美しい。  なによりそのはち切れそうな胸部。  キュッと締まった細腰に、芸術的な丸みを帯びる臀部。そして美脚。  怪盗三世に出てくるあの美人泥棒を思い出すボディをなぜこうも把握できるのかと言うと、なんのことはない。  この美女も深夜三時の二月にあるまじき、真っ赤なティーシャツと丈がギリギリなタイトスカートを着ているからだ。  普段着。まぁ二人とも普段着。  にしたって季節感をもう少し考えてほしいものである。 (つーか、このチグハグ感……顔がいいのに世間ズレした残念さ……どっかで知ってる流れな気が……)  榊の案内ですぐそばのカウンターに座った二人を厨房から伺い、九蔵は顎に手を当て考え込む。 「お茶をどうぞ。ごゆっくり」 「ねぇアナタ、今夜アタシとどう? アタシって気が向かないと誘わないの。気分が変わらないうちに遊びましょ?」 「おいキューヌ。誘惑は悪魔の本分だが、今日はそのために来たのではない」 「やぁね、野暮な悪魔は嫌われるわよぅ」  その瞬間、九蔵の脳裏には現在夢の中だろう愛する恋人とイタズラ好きな友人の顔が浮かび上がった。  悪魔。イエス、悪魔。  この二人組は──悪魔様! 「お、ぉぉぅ……ッ」  九蔵は何も知らずに悪魔コンビを接客しているヒューマン榊を見つめ、青ざめた笑顔でタラタラと冷や汗を流す。  マズイ。マズイぞ。  いくら帝王と言えど、悪魔二人には生物的に通用しない。それに榊は女性だ。性差別のつもりはないが筋肉量には限界がある。  青ざめる九蔵はどうにか榊を悪魔たちから引き離したい、が。 「ね? こんな男放っておいて、アタシとベッドに行きましょう? アタシ、スマートな人間はスキよ」 「光栄です。私も、欲望に忠実な女性は好きですよ。仕事中じゃなければね」 「ウフフ、やぁねぇ〜。仕事なんてつまらない理由でこのアタシを振らないでちょうだい。つまんない男はキライなの」 「あら残念……でも、つまらない女は好きになってくれると嬉しいな」 「え? アナタ女性? うっそぉっ」 「ホント」  榊は絶賛、その悪魔系美女にナンパされてにこやかに対応していた。  それはもう、ノリノリで。  ノリノリどころか〝よくもまぁ人気もなく仕事も終わらせたこの時間にこんな美人が私をナンパしてくれたものだ〟とでも思っていそうなウキウキで、思いっきりナンパを楽しんでいる。悪魔の美女相手に。  こうなるともう九蔵は榊を守るべきか否か、判断できなくなった。  榊はレズビアンだ。しかも手が早い肉食系なので、特に理由もなく美女から引き離すと確実に殺されるだろう。  今ですらカウンター越しに話しかけてくる美女に、甘い笑顔で答えている。  もう笑顔から〝かわいいなぁかわいいなぁ〟と女好きが透けて見えた。隣のクマ男が彼氏じゃないと嗅ぎとるやいなや、一切お客として以外に気にしていない。  お手上げだ。  注文が入らないので仕事もできず。

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