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 しかし九蔵が誤魔化したところで暇を持て余した帝王が許すわけない。  女性に優しい榊はこういう時、シャイな九蔵にちっとも優しくないのだ。くそう、過去をほじくり返されると死にたくなる。 「履歴書見ると前職いいとこ行ってたにしてはプライドゼロで自信ゼロで、服はダルダルの髪ボサボサな不審者でな」 「いや、まぁ。その」 「面接だっていうのに私の顔から焦点ずらしてずっと喉見てたろ? 採用渋ったら小さい声で〝お願いします〟〝頑張りますから〟〝なんでもしますから〟って、ちょっとした事案だと思ったよ。断ったらキレる系若者かと。要するに地雷バイターかと」 「あ、あの時は俺もほら、ね?」 「ふふふ。ま、普通なら雇えるわけない。昔のココは働かせたら死ぬんじゃないかってくらいヒョロ長ガイコツだった。あの時何センチ何キロだったんだ? ん?」 「百七十九センチ五十五キロですけど、今はもう六キロ増えてるんで……! ほんと勘弁してくださいシオ店長……!」 「ほーらな。いくら夜勤フルタイム入れてポテンシャル高いフリーター希望でも当たり前に断る。バイトが死んだら体裁悪いし。つーか太ってその重さは男として軽く引くぞお前」 「シオ店長〜!」  当たり前のようにしどろもどろと返事をする九蔵の言い分をスルーし、榊はクツクツと喉を鳴らして九蔵のダメだった部分をツンツク指摘した。  というか死にそうな九蔵を心配したのではなく、死ねば体裁が悪いから合格を渋っていたのか。なんてこった。  榊らしいが知りたくなかった。 「でも〝コイツにうちで働いてから生き返りました! 的な実体験書かせたら、世間にクリーンなイメージつけられんじゃないか〟って魔が差して採用」 「初耳ですシオ店長ッ!」  それはもっと知りたくなかった。  自分がホワイト企業アピール目的で不採用を免れていたことを知り、九蔵は真っ赤な顔をスンッと真顔に戻した。  確かに、人のいいうまい屋メンツに囲まれて一年目には体の不調がなくなり、メンバーとの会話もスムーズだが。  営業スマイルはまだやや下手くそなものの、素の笑顔は普通に出るようにもなったが。  接客業なのに笑えない九蔵を厨房専門に雇ってくれた榊に、感謝しているが。  要するに〝うまい屋で働いてから生き返りました!〟は、事実だが。  ──そういえば一年経った時に求人に載せる実体験談書けって言われたの、もしかしてコレのせいか! 「あ゛〜〜〜〜……ッ」 「フッフッフ。ココはこう見えて脳が合理的だからな、私の言い分が正しい限り扱いても逃げない」 「それはそうですけど……ッ!」 「しかもなに無茶ブリしても折れないし文句も言わない。毎度毎度ド下手くそな笑顔でホイホイ結果を持ってくるお前はなかなかいいスタッフだよ」 「それも嬉しいですけど……ッ!」 「だからこれ幸いと、私にイジられても死なねえように躾たんだ」 「つまりメンタル強い人しか取らないんじゃなくて全員漏れなく不屈メンタルに強制調教してるだけじゃないですかぁぁ……ッ!」  ここにいたるきっかけの全てを知った九蔵は、ニヤリと口角を上げる榊を前にガックリと項垂れた。  高時給で人間関係もステキな最高の職場だが、榊のお眼鏡にかなって採用されたが最後できるまでトコトン教育に付き合うのが上司の仕事というシステムの元、バッキバキのスパルタ研修を施されるのだ。  いやまぁ、いいことなのだが……いいことなのだが、人の心が欲しい。  複雑な気持ちの九蔵である。  結果的に今の生活に満足しているので、今更文句は言うまい。 「はぁ……まぁ、いいですけどね。この仕事好きなんで……」 「それはよかった。が、ココは現場より管理のほうが向いてる。至急うちに就職しろ」 「話の脈絡はどちらに?」 「今後私が地区のエリマネから県のエリマネに昇進するなら私の担当店舗の店長はココに任せるほうが楽だ。そのためにまず社員になれ」 「俺の人生の脈絡も見当たりませんが!」  ──そうして、ローテンションに会話を続けていた時だ。 「オイ、そこの人間共」 「ダァメよぉ。すいませんって声をかけるのがこの国の仕来りな、の」 「「っ、いらっしゃいませ!」」  誰もいないフロアから不意に二人分の他人の声が聞こえ、九蔵と榊は同時に出迎えの声を上げた。

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