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そのうちニューイの体が戻ってきて、九蔵をきゅっと抱きしめた。
フワフワと浮かぶ生首が体に戻る。
九蔵は密かにホッとした。やはり頭は体に乗っていないと落ち着かない。
ニューイはニコ、と笑い、正座するドゥレドを正面から見据えた。
ここからが本題だ。
「それじゃあドゥレド。わざわざ私が来ることをわかった上でやってきたのならそのつもりだと思うけれど、さっさと九蔵の舌と声を返しておくれ。積もる話はそれからにしよう。インスタントコーヒーなら私は淹れられるよ」
「あぁ、何れは返すつもりだ。だが今じゃない」
「えっ? デスマッチをご希望かいっ?」
「あぁもうッ、これだから契約魂に手を出されたガチギレ悪魔の相手なんかしたくないと……ッ!」
満面の笑みを浮かべているのに殺意の高いニューイに、ドゥレドは渋い顔をして悩み始めた。
そうだろうとも。
この状態のニューイは怖いぞ。なんせポンコツじゃなくなるのだからな。
九蔵はドゥレドに諦めろと思念を送ってみるが、顔をあげたドゥレドはかすかに頬を赤くしてニューイをチラ見した。
「まぁ、その、なんだ。条件がある」
「条件? 勝手に奪われたのにか?」
「そこは悪魔だからな。……オ、オレとしてはかなり、真剣な条件だ」
話しつつも、もじもじと落ち着かない様子のドゥレド。お手洗いなら部屋を出てまっすぐ右手である。
(……いやまてよ? この同族的な反応はワンチャン、ニューイのことが好、……)
九蔵は刹那、マジ勘弁! と慌てて思考を打ち消した。
だってそんなまさか。優等生が劣等生を好きだなんて恋愛ゲームでありきたりな展開あるはずが、……いやありえる。
なぜならドゥレドの目的は不明。
九蔵に伝えたいことが、宣戦布告だったら? 九蔵を拐おうとした理由が、嫉妬なら? なんてこったい。納得できる。
悪魔的には好きな相手の恋人が人間なんて、恋敵にも認定したくないだろう。
ありきたりということは可能性が高いということだ。王道には王道たる人気の理由がありにけり。
それすなわち、ドゥレドはニューイにホの字ルートなきにしもあらず。
(こちらコミュ障恋愛ベタ魅力なし人間。胃がもげそうですどーぞ……!)
ニューイへの愛情表現を頑張ることで精一杯の九蔵は、恋敵の相手をしなければならない可能性に、キリキリと胃を痛めた。
そんな馬鹿なと信じられず、もじもじするドゥレドを見る目をひん剥いて血走らせる九蔵。
九蔵の心配なんて知る由もないドゥレドは、手で押さえた状態でちゃぶ台に乗せている鳥かごを前に「んんッ」と咳払いをした。
「いいか。今から悪魔らしからないことを言うが、決して茶化すなよ。余計な反応をしたら、オレは死んでもこのあたり一帯を更地に変えるからな」
「私はそれを死んでも止めるが、平気である。茶化したりしないよ。九蔵の舌と声を返しなさい」
「言っておくがお前にもクゾウにも関係のある話だ。というかお前らが責任を取れ」
「可能ならいくらでも力になるとも。九蔵の舌と声を返しなさい」
「いい加減機嫌を直せ!」
「九蔵の舌と声を返してくれたらね」
戦々恐々とする九蔵に対して、目的が一切ブレないニューイ。
ドゥレドはため息を吐き、それから真剣な顔でニューイを見つめた。
「ニューイをおびき寄せるためにクゾウにちょっかいを出したのは、オレの独断だ。オレも暇じゃない。お前ら二人に手を出す理由は、ちゃんとある。まずオレの話を聞いてから、条件を聞け」
九蔵はゴクリと唾を飲む。
普段は同担大歓迎。しかし、リアルの恋だけはダメだ。絶対にダメだ。勝てる自信はない。ニューイが甘い日常をくれていたから溺れていたが、少しでもそっけなくされていたら肝が凍りつくくらいに焦り必死に機嫌を取っただろう。
そのくらいなりふり構えない。
声も舌ももういらないから、ニューイに恋なんてしないでほしい。
「……好きなんだ」
「っ……」
そう懸命に祈る九蔵に気づかず、ドゥレドは静かに言葉を紡ぐ。
それは、確かに恋する乙女の姿だった。
悪魔も人間も変わらない。筋骨隆々の体を縮こまらせてもじつかせ、彫りの深い男らしい顔立ちに桃色が差し込む。
本気のドゥレドが真っ赤な瞳をうるませて、マウンテンゴリラのような両の拳を胸の前で握り、クッと胸を張る。
もう嘘だなんて言えなかった。
九蔵は悟る。ドゥレドはもうどう考えても自分のライバルで──
「オレ──アタシ は悪魔王様がラブ的な意味で好きなリアルマジ恋中オトメなよォ〜〜ッ!」
「!?!?」
──いや話が違うッ!
声を大にしてツッコミを入れたいのはやまやまの九蔵だが、この場で唯一の常識人でありながら唯一声がなかった。
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