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ニューイは事前に確認したのにとオロオロ慌てるが、知ったこっちゃない。
当たり前だ。
誕生日というものは元来誰であれ、本人以外の他人にとってはただの平日である。
それを特別な日にしたらしめる場合は、誕生したその人間が、他人にとっての特別だということだろう。
なのにこの悪魔は心底から悪魔だ。
残酷だ。悲惨だ。ついていけない。お手上げ、幕引き、世紀末。
世間がにわかに色めき立つバレンタインをすっかり忘れておいて、ただの平日を大切な日呼ばわりするなんて。
「あぁもう……っこんなの不成立試合だ。コールド負けだ。弱いものいじめだっ」
「く、九蔵?」
「俺はお前にされてばっかりで負けっぱなしで、それでもちょびっとずつ返していこうって思ったんだぜ?」
「いやあの、なんの話かさっぱり……」
「けど俺さんが一点やっとこさ返したら、お前さんは裏で満塁ホームラン打つんですよっ。やってらんねーよクソッタレ!」
「クソっ……!?」
小声で早口に捲し立てる九蔵に、ニューイはカタカタと震え始めた。
けれどどうしても顔があげられない。
頭が火だるまで、脳はグツグツ煮えている。心なんてメチャクチャだ。
ツン、と鼻の奥が痛くなる。
嬉しすぎて、九蔵は生まれた日を祝われ死にそうになっている。
「九蔵、い、嫌だったのかい?」
「アホ……逆だろ……」
「んっ?」
九蔵は自分の顔を両手で覆いながら、抱きしめているニューイの腕を自分の腕と胸で抱き寄せる。
「……ハッピーバレンタイン、ニューイ」
「! ハッピーバースデー、九蔵っ」
ニューイは満面の笑みを浮かべて九蔵の頭に顎を乗せ、両足を使って全身で九蔵をぎゅっ! と抱きしめた。
「むふふ、喜んでくれて嬉しいのだ。私も九蔵のケーキが食べたいな。一緒に食べたい」
「うっ、今は無理」
「むむっ。ならあとで一緒に食べるぞ。冷蔵庫にしまっておこう!」
パチン、と指が鳴る。
おそらくケーキは冷蔵庫へ入ったのだろう。悪魔能力は便利だ。
再びもす、と頭に顎を乗せられ大きくも骨骨しい肩や腕が、ニューイの抱擁でしっくりと抱き込まれた。
「しかし誕生日をお祝いされると、九蔵ムシはサナギになってしまうのだな」
「や、予想外すぎた。俺イベント興味ねぇけど、その中で自分の誕生日が一番興味ねぇんで」
「サナギの九蔵もかわいいのだ」
「……。かわいくないです」
「かわいいのだ」
かわいくないと言うに。
そこに関してはいつも一切譲らない。
だが九蔵も譲らない。
九蔵の体は平均より大きく、平均より肉がないので固くみすぼらしいのだ。
クマがこびりついて消えず、ジト目と相まって陰気な顔立ちをしている。
髪は伸ばしっぱなしの雑カット。服装はダサめ。トークスキル皆無。かわいげなし。
けれど九蔵がフルフルと首を横に振ると、ニューイは「小さくて柔らかなものがかわいいというわけじゃないぞ?」と言って、少し体を離した。
慣れた体温が離れると寂しさを感じる。
頭のそばでシャンと不思議な音がして、ニューイの大きな手が九蔵の髪を梳く。
「私は九蔵がかわいいのだ」
「ん……」
「こんなに不格好な手作りプレゼントで、九蔵はいじらしいほど喜んでくれる。私の当たり前が、キミには奇跡のように感じている」
「そりゃあ……手作りプレゼントを当たり前にするお前がおかしいぜ」
「そうかい? この髪ゴムに大した価値はないぞ? 金銀財宝をあしらったわけじゃない。ブランド品を買った方がいいよ」
「や、そういうもんじゃねーだろ」
「うむ。それと同じだね」
「うっ……」
ハツラツと浮かれた語気で、ドヤリとばかりに論破された。
その言い方はズルい。
よそ様から見ると価値があるとは思えないニューイ手作りの髪ゴムは、九蔵にとってかけがえのない宝物だ。
それと同じように世間一般的に可愛らしくない九蔵も、ニューイにとっては悶絶必至の愛らしさと言いたいらしい。
(クソ……せっかく自信もったのに、ニューイばっかり、俺のことすげー愛してくんだ……。……他になんにも、知らないみてぇにさ)
そうやって大切にかわいがられるほど、九蔵は敗北感と罪悪感に苛まれた。
悪魔能力や悪魔素材はズルい。
引いてはニューイがズルい。
(また、釣り合い取れなくなったよ)
──自分の拙い愛し方では、とうていこの極大の愛を、愛しい悪魔に返せない。
「俺のケーキ、普通過ぎますよね」
「ん! ……ん?」
九蔵はそろそろと両手から顔をあげ、ニューイの腕に顎を置いた。
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