327 / 459
327
──翌日。
「…………」
ニューイの屋敷で目を覚ました九蔵は、未だに眠るニューイを横目に、とりあえず、無言でバスタブの掃除を始めた。
掃除用具なんてあるわけもないがタオルらしき布を発掘し、ハンパな湯を抜いてゴッシゴッシとキレイに洗う。
そこに改めて湯を溜め、静かに身を沈めた。わかりやすい現実逃避である。
悪魔式バスタブの湯の入れ方は特殊だ。
途方に暮れてたまたま独り言をぼやいたおかげだが、まさかバスタブに頼んで入れてもらうのが正解だとは思わなかった。
九蔵が「ハイ、バスタブ。お湯を入れてくれませんかね」と言うと、バスタブがノリノリで湯を溜めたわけだ。
「…………」
湯の中で、腹部に手をやる。
ムニ。ムニムニ。
重力に負けた駄肉めが、下腹のあたりでたるんでいる。しかし多少筋肉がついたのは間違いない。
なんだ、冷静に考えると悪くないじゃないか。もともとそこまで肥えてはいなかったらしい。
お得意のネガティブ思考補正だったことを認めて封じた九蔵は、バスタブからあがり、これまた発掘したバスタオルでだらしない身を清めた。
そのままバスタオルを腰に巻く。
服がみんな生乾きだからだ。下着ももれなく生乾き。
「……ぅむ……」
ちょうど身綺麗(ほぼ全裸だが)に整え終わった頃、眠っていたニューイ(こちらは真正全裸だ)がのっそりと起き上がった。
眠らない悪魔も、酒にやられるとダウンするようだ。飲んだくれた次の日でも相変わらずパーフェクトイケメンなニューイを、九蔵はジト目で眺める。
顔は心底眠そうだがむくみもなければ寝汚なくもなく、多少寝ぐせがついているだけでなにかのジャケット写真にしか見えない姿だ。
脳内の小さな九蔵は「実際イケメンで俺さんには世界一のイケメンに見えるんですよ」と叫び、転げ回った。
表向きの九蔵はジト目のままだ。
順応体質。鍛えあげれば無敵だろう。
メンクイの発作をも、脳内に押しとどめることができるようになる。
慣れたかというと、慣れるかバカタレと言わせていただこう。
「うーむー……ここは私のバスルーム……」
ニューイはワシワシと後頭部をかきながら室内を見回し、ついで視線をスライドし、九蔵の姿を発見する。
「そしてキミは、マイスウィートラバー……」
まばたきを数回し、ニューイは頭が痛そうに額を押さえて唸った。
「あぁ、酷い朝だ……」
「ニューイ、気分悪いのか?」
「すこぶる悪いね……最悪だ……とてもじゃないがグッドモーニングなんて言える気がしないよ、九蔵……かわいそうな私を慰めておくれ……」
これは予想外。
悪魔も二日酔いになるらしい。
悪魔は食べすぎ飲みすぎハッスルし過ぎとは無縁だと思っていた九蔵は、様子が気になり、ちょこちょことベッドに歩み寄る。
「えと、どう悪いんですかね」
「それはもちろん、マヌケに寝過ごしていたせいで眠り姫へ口づける権利を逃してしまった自分をいばらのお城に封じたい気分さ」
「グッドモーニングな」
「バッドモーニングだよ九蔵……!」
心から寝坊を嘆いているニューイへの心配がさっくり霧散した九蔵である。
一応聞くと酒の影響は全くないそうだ。
やはり無敵か悪魔様め。
こちとら体も記憶も重大なダメージを受けている。こう見えて満身創痍である。平気なフリの熟練者を舐めてはいけない。
(……あと俺さんとしては、ノーガードでぶっこまれる大真面目なそのセリフも、ダメージデカいんです。はい)
「そういえば九蔵」
「ん?」
「私は昨日、なにをしていたのかな?」
「……あ~……」
九蔵が真顔でそそくさと床に散らばっていた自分の服とニューイの服を集めようと歩き出すと、ニューイが首を傾げた。
九蔵はポリ、と頬をかく。
そういえば、ニューイの酔い方はこうだった。
ともだちにシェアしよう!