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 ジーンズのフロントホックを外しつつ、マウスを動かしオカズを用意する。  以前のひとり遊びのオカズは、推しボイスを担当する声優のアダルトCDや、女性向けアダルトゲーム、ビデオだ。  それらは今でもフォルダに残っているのだが、九蔵の手はスムーズにニューイフォルダをクリックした。  別に他の人で抜いたら浮気になるか? とは思っていない。ひとり遊びに操を立てる必要はないだろう。  ただ普通に思考した結果、ニューイの顔が一番興奮すると結論づけただけだ。  ニューイは罪深い悪魔である。 「はぁぁぁ……クッッッッソ顔がいい。全部優勝。オール角度二次元級の完成度とか画像収集が捗ります……俺の羞恥心をクリアできるならボイス収集もした過ぎる……むしろ動画撮影待ったナシでは? 娘を持ったパパなみのカメラワーク駆使するわ。ねぇほら全人類見てくれ。俺の彼氏顔がいい。いややっぱ見ねぇでくれ。俺の彼氏顔がいい。つかこんなんメンクイみんな死ぬだろ。顔面割との兵器で草。てか花。マジ花。満開の花畑」  ニューイだらけのフォルダを前に、九蔵は真顔でブツブツと呟く。  ごぶさたな時にニューイの顔を見ていると興奮するなんて本人には絶対に言えないが、コレクションを開くと思った通り、簡単にムラリとした。  いそいそとモデル画像を集めたフォルダをチョイスし、チラリズムが際どい画像ゾーンから本日のオカズを吟味する。  なんせ他には誰もいない。  盛大なため息を吐いて食い入るように画面を見つめながらコトを始めても、誰にも迷惑はかからない。  普段抑えているハイテンション発言も、今は独り言として湯水の如く呟ける。  それほど好みな顔ではあるのだが、ニューイだけは、見ているだけで満足できるようなタイプの推しじゃなかった。  だってニューイは、恋人だ。  我慢は……できない。 「……は」  九蔵は取り出したモノに手を這わせ、柔らかく握り込んだ。  結局九蔵はどこまでもただの男で、物わかりなんかよくないし、悪魔相手にあらゆる欲望を抱くワガママな人間である。  画面に映るイケメンが自分の恋人。  そう考えるだけで、トクン、トクン、と胸が高鳴る。 『きわどいモデル画像をチョイスするなんて、九蔵はセクシーな私が好きなのかい?』 「ふ……そら、好きですね……」  恥じらいはなかった。  もちろん妄想に過ぎないからだ。  情熱的なルビーの瞳と見つめ合い、引き寄せられるように唇を寄せ合う。  大きな手が肌をまさぐる。脳内でニューイは九蔵の耳朶をなぶって、首筋を舐め、熱い吐息で敏感な胸元をくすぐる。 『フフ、九蔵に好かれて嬉しいのだ』  そして情事にしか出さないアダルティな声で、ニューイは嬉しげに九蔵を誘う。 『もっと好きにさせようか』 「んっ……」  ズクン、と奥がやましく疼いた。  もっとセクシーな自分を見せてやろうと、きっと本人なら悪気なく言うだろう。  本物のニューイが言いそうなことを妄想しながら触れているだけなのに、後ろが疼くなんて困ったものだ。  万が一前だけでイけなくなっていたら、一人じゃうまくイけないかもしれない。  思いもよらない予感に死にたい気分になる九蔵だが、手は本格的に動き出そうと裏筋を擦り、先端まで扱き上げる。  しかし本腰を入れる前に──ピンポーン、と来客を告げるチャイムが鳴った。 「…………」  ピタリと、九蔵の手が止まる。  来客。一人。イコール対応。  九蔵はスンッと真顔に戻った。  なぜこのタイミング。明らかに今からムラムラの処理をするところだったというのに、なんの用だ来客者め。  シカトしようか、と魔が差すが、重ねてピンポーンと催促のチャイムが鳴らされる。  しかも連打だ。  在宅がバレているのかもしれない。  かつ、この堂々とした連打はおそらく出るまで帰らないタイプだろう。 「……しゃーない……」 (通販は頼んでませんし、休みの日に予定が入るような俺さんではない。が、誰か知らんけど出ましょう出ましょう……)  九蔵は渋々と乱れたジーンズと下着を整え立ち上がった。  どの道もう戻れない。  これから盛り上がるはずの自慰行為中に水をさされた男の心境は無である。  後頭部をカシカシとかきながら、のったりと玄関へ向かう。  迷惑なセールスであれば三秒で終わらせよう。ご近所さんであれば挨拶くらいはする。それ以外はもう思いつかない。悪魔たちなら鍵なんてあってないようなもので勝手に上がり込んでくるはずだ。  そうして肩透かしを食らった九蔵が、ガチャ、と玄関のドアを開くと── 「! アリスいた」 「マジスかココさん俺ココさんがアリスちゃんだったとか聞いてねぇスよ親友なのに酷いス」 「いや酷いのはこの状況ですよ」  ──そこにいたのは久しぶりに会う友人・澄央と、なぜか九蔵をアリスと呼ぶ、ダーク系イケメンがいた。

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