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 凌馬は九蔵が普段うまい屋の、それも胡桃町店で働いてるとは知らないはずだ。  抜け目のない男なのでなんの目的もなくただメシを食いにきたわけがない。サングラスだけは取らないでくれ。  しかし、意外や意外。  凌馬は九蔵には目もくれず、桜庭モードのズーズィ(もう違和感しかない)とオープニングトークにワハワハと花を咲かせていた。  出てきた牛丼にも手を付けていない。  割り箸を割っただけで、ズーズィとの会話を楽しんでいる。……ふ、ふむ? 「けど偶然ってすごいな。凌馬がB級グルメ好きってのもだけど、俺の行きつけのこの店でたまたま会うってなんか感動」 「えっ? あ、あ〜確かにスタジオから離れてるしこの辺であんま仕事しないスけど」 「だろ? 会えて嬉しいのは本当。っても気になりますね〜」 「社長は意地悪い言い方しますね〜……」 「うん俺イジワルだから」  くく、と喉を鳴らすズーズィ。  九蔵は無言で合掌する。  眉を上げてちゃめっけを交える大人の男とはかくも素晴らしいものである。  一度は引っかかった歴戦の悪魔の誘惑だ。越後くん。客に中指を立てなさんな。  けれど言われた凌馬はまいったなーと余裕そうに笑ったが実際はそうでもないようで、少し間を置き、サングラスをズラして九蔵にアイコンタクトをはかった。 「?」 「いや〜、実は九蔵からここで働いてるって聞いてていつかサプライズで行ってみたいなって思ってた次第なんですよねっ」 「…………」  ゲスだ。ゲスがいる。ゲスアイドルだ。  平然と嘘を吐く凌馬に、九蔵はジト〜っと陰気な視線を送った。──なんとなく話が見えてきたぞ。  凌馬は九蔵を便利に使ってズーズィと仲良くなろうとしている。理由は知らんが。  そしてなぜここにたどり着いたのかと言うと、おそらく最終日のズーズィとの会話を盗み聞きしたのだ。  つまりズーズィの素も知っているということである。最強かお前さんは。  フリーターの九蔵がうまい屋で働いていることを知り、たぶんニューイあたりから九蔵のシフトをそれとなく聞き出す。  あとは〝暇な時間帯〟というヒントを元に九蔵のシフト時間からそれらしい時間を狙い、ズーズィの休みの日に絞ってアンテナを張っておく。  ズーズィが現れれば、時を空けてさも偶然のように入店。  名推理をする九蔵の目がドンドン死んでいくと、バレたと察した凌馬は話しながらも、ズレたサングラスからバチコンバチコンとウインクを連打した。大正解か。  渦中のズーズィは気づいているのかいないのか、特に気にせず「お、そうかもって思ったけどそうなんだ」と笑う。 「そういえば仲良くなったって言ってたもんね、九蔵。たまたま居合わせたラッキボーイは俺か〜」 「まぁ、はい。ソウデスネ。仲良くなりましたね。いろいろと」 「おいおいテンション低いぜ。俺と九蔵はマブダチだろ? サインTシャツにツーショットから今度のベジタブルドームライブチケット招待席だってあげちゃうくらいにゃ仲良しなーのっ。な?」 「永遠のズッ友ッス!」 「あははははっ!」  九蔵は自分的に最高のキラキラスマイルでオウイエス! と親指を立てた。  ズーズィは腹を抱えて爆笑した。  コノヤロウ。いつだってコノヤロウ。

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