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雪の中で待つ君を

(うわっ、さむっ)  暖められた大学の講義室を出て、校舎の外へ出た瞬間に吹き付けた風の冷たさに、思わず首を竦める。  寒い寒いと文句言いながら、同じように校舎を出てきたゼミ仲間の今藤(こんどう)が、首を竦めながらもニカリと笑う。 「瀧川ー、今日どっか遊び行かん?」 「ごめん、今日約束ある」 「お前最近そればっかな。またオンナでも出来たかよ?」 「…………まぁ、そんなとこ」 「うわ、マジかぁ。……って、また、どーせすぐ別れんじゃねぇの? お前ってホントすぐくっついてすぐ別れんもんなぁ」  ケタケタ笑う今藤に、うっせ、と反射で言い返した後。 「不吉なこと言うなよ!」  自分でも驚くほど切実な声で放てば、今藤の顔が、おや、と意外を浮かべて。  からかう表情に変わった。 「なんだ、今度は結構本気なんだな」 「るせっ」  寒そうにジャンパーの前を掻き合わせながらケラケラ笑った今藤が、じゃあな、とアッサリ手を振って去っていく。その後ろ姿に、いーっ、と歯を剥いてから、自分も上着のチャックを上まで引き上げる。  昨日はダウンコートでは暑いくらいの気温だったのに、今日は凍えるほど寒い。  体がついていかないな、なんて眉をしかめていれば、視界の端をちらちらと舞い降りてくる白い塊が過って。 「げっ、雪!?」  どうりで寒いわけだよとぼやきながら、駅に向かって走り出す。  今日も今日とて、司と約束をしている。  このくそ寒い中、しかも雪まで舞う中だ。司がどんな風に待っているか、気が気でない。  早く行かないと、と焦って改札にICカードをかざしたのに、キンコーンなんて間抜けな音と板に遮られてつんのめりながら。あぁもう、とカードを叩きつけて改札を抜けた。 *****  電車の中で走ることこそしなかったものの、そわそわと足踏みして辿り着いたいつもの駅で、改札を抜けて走りついたいつもの公園。  しんしんと降る雪が、辺りをうっすらと白く染めているのに気づいて、思わず、うわ、と感嘆の息が漏れたのも束の間。  いつものベンチに見つけた司は、傘もささずにぼんやりと座って、舞う雪を纏って白くなっている。 「----っとにもう」  やっぱり、とズンズン歩いていくのに、司は一向に反応せずに。  ただぼんやりと、ガラス玉みたいな----恐いくらいに透き通った目で、どこか遠くを見つめていて。  ----恐く、なった。  司がまるで、手が届かないどこかへ行ってしまいそうな、恐怖。 「司!」  それをはね除けるかのように、わざと大きな声で呼んで駆け寄ったのに、微動だにしない司に、気持ちばかりが焦る。 「ちょっと司! 何してんのこんな寒いのに!」 「…………----あぁ、たきがわ」 「----っ」  ぼんやりしたままの透明な瞳がオレを捉えた後に紡がれたのは、あの頃の呼び名だ。  初めて体を繋げたあの日以来、ずっと颯真と呼んでくれていたはずの唇が、名字を呟いたことにおののきながら。  震えそうになった手のひらで、それでもめげずに司の肩に積もった雪を払う。 「風邪引くよ! こんなとこで」 「ん」  反応の薄い司の隣。冷えきったベンチに、敢えて乱暴にドカッと座って。  ギクリと肩を揺らした司が、呆然とこっちを向いた。 「…………たきがわ?」 「----…………そう。何してんの? こんなとこで。風邪引いちゃうよ?」 「……たきがわ……」  ぼんやりと名前を呟くだけの司の、冷えきった頬を両手で挟んで。 「こんな冷えきって、何してんの」  肉の薄い司の頬を、無理やりムニムニと動かしながら温めてやる。 「たきがわ」 「そうだよ。ちゃんと触って確かめてみ」  ほら、と。  呆然と名前を呟くことしかしない司の、冷えて固まった手を取って、自分の頬に触れさせる。  司の指先の冷たさに肩が跳ねたけれど、構わずにぎゅっと押し付けてやれば。 「…………たきがわだ」  安心したように呟いた司の、唇の端が緩む。  その様子につられて唇を緩めたら、わしわしと頭を撫でてやる。 「待たせてごめんね」 「んーん」  へいき、と。舌足らずに呟いた司が、はにかんで笑う。 「待ってないよ」 「嘘つけ。雪積もってたよ」 「うそだぁ」 「嘘じゃないって」  やれやれと苦笑って、頭に乗せたままだった手のひらで、ぽふぽふと軽く叩いてやった後。 「よし、行こ」  いつまでもこんなとこにいたら、ホントに風邪引く。  そう呟きながら立ち上がって、手を差し出す。  冷えて固まっていた司の腕が、ぎこちなく動いてオレの手を取って。  ぐ、と手を引いた反動で、飛ぶように立ち上がった司の、冷えた体を抱きすくめる。 「たきっ----!?」 「いいから」 「なにが」 「いいから、しばらくこのままね」 「でも」  瀧川が濡れちゃう、と。  困った声で呟く司の、背をぽふぽふと叩いて。 「じゃあ今度からは、ちゃんと濡れない場所で待ってること」 「……たきがわ?」 「オレのこと濡らしたくないんだったら、司が濡れないようにしなきゃね」 「ぁ……」 「言ったでしょ。自分のこと蔑ろにするのは、大切な人を蔑ろにするのと同じだよ」  耳元で優しく囁いてやれば、こっくりと頷く仕草の後で。 「ありがと、そうま」 「----ん」  唇が紡いだ名前にホッとして、頭をポンポンしてやった後。 「よし、じゃ帰ったら一緒にお風呂入ろう」 「えー? 一緒に?」 「一緒に」  えー、と困惑の表情で笑う司の腕を引いて、家路についた。

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