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Happy Sweet Valentine

 颯真のおかげで風邪を引くこともなく迎えた週明け。朝のワイドショーでやたらとチョコが映るなと思っていたら、次の水曜日がバレンタインデーだと、遅ればせながらに気がついた。  そういえば、デパートや果ては小さなスーパーでさえ、バレンタインを彩るハート型のポップで溢れていたなと思い出す。 (バレンタインかぁ……)  もちろん、颯真と付き合っているとはいえ、自分も男なのだから、贈るよりは貰う側な気もするのだけれど。  普段、心配ばかりかけている大事な恋人に、お礼の意味も込めてチョコを贈るというのもありかもしれないなぁ、なんて。  寝起きの頭でぼんやりと思い浮かべていた時には、まさかこんな混雑を予想していたはずもなかった。 「……ナニコレ」  設けられた特設会場に群がる、どこから集まったのかと思うほどたくさんの、殺気だった女性達。  ちらほら見える彼氏または夫であろう男性陣は、壁にもたれてげんなりしている。  これ以上入る隙間もなさそうな店と店の間を、押し合いへし合いかき分けていくおばちゃんと、ぶつかられて眉を寄せているお姉さんと。  戦場と紛う特設会場は、おいそれと男の自分が乗り込んでいける場所ではないようで。 「……これは無理」  人波に飛び込む前にぐったりと疲れ切って会場に背を向ける。 (もうちょっとお手軽なやつ……)  しょんぼりと心の中で呟いて、下りのエスカレーターに足を乗せた。  結局、バレンタイン当日は何もできずに。  翌週になってから、思い切ってチョコレートの専門店に足を向けて。  オロオロと店内をうろつく自分に気付いて、営業スマイル全開で話しかけてくれる店員さんと、しどろもどろで受け答えしたのに。  早口で滔々と商品の説明をされる内に、なんだかいたたまれないような気持ちになって、結局逃げ帰ってきてしまった。  しょんぼりと肩を落として入ったコンビニで、目に入った小粒のばら売りチョコ。  これならなんとか、と手を伸ばしてレジへ。  味も素っ気もないコンビニのレジ袋をぶら下げて、とぼとぼ待ち合わせ場所に向かう。 「司」  にっこりと笑って、ぶんぶん手を振る颯真の顔が見えたら、情けなさで鼻の奥がツンとなった。 *****  こっちへ向かって歩いてきていた司が、歩く速度を落としたかと思ったら、やがてピタリと足を止めて俯くのを見て、慌てて駆け寄る。 「どしたの? ----って、なんで!? なんで泣いてんの!?」  わたわたと声をかけたら、ふぐ、と変な音を出した司が、ぐぃ、とコンビニの袋を押しつけてきた。 「? 何、くれるの?」  こく、と俯いたまま頷いた司の頭をぽふぽふ撫でてから、開けるねと告げて袋の中を見れば 「あ、チロル」  馴染み深い小粒のチョコレートが、おそらく店に置いてあった全種類取り揃っていて。 「どしたのこれ、ありがと?」 「……バレン、タイン……」 「へ?」 「これしか、買えなかった」 「つかさ……」 「いつも……そうまは、……オレにいっぱい、色んなことしてくれるのに……バレンタインくらい、オレもなんか、したいなって……思ったのに、こんなん……」  ふぎゅ、と。更に変な音を出した司の。  台詞のいじらしさに唇が緩む。 「ありがと」 「……」 「うれしい、すごく」 「でも、ちろる……」 「なんだって嬉しいよ。だって司が、一生懸命考えてくれたんだから」 「ちがっ……ホントはもっと……」 「ものがどうとかじゃなくて。オレのこと考えてくれたってことが、嬉しいんだよ」 「……」  納得のいってなさそうな、ほんの少し悔しげな顔をする司の頭をわしゃわしゃと撫でて、泣き顔を覗き込む。 「ありがと。大事に食べるね」 「……ん」  小さな声で呟いて頷いた司の唇に、触れたい欲求をどうにか抑えつけた後。 「…………じゃあ、オレも」 「へ?」 「バレンタインてことにしよっかな」 「なに?」  キョトンとする司の手を引いて、とりあえずいつものベンチに座る。 「これ」 「………………かぎ?」 「オレン家の鍵」 「--------え?」  司の手を取って、手のひらに載せたのは、あの雪の日に思いついた、押しつけがましいプレゼントだ。  合い鍵を作るだけ作って、どんなタイミングで渡そうかとウダウダ考えている間に、時間が経ってしまったけれど。 「これがあったら、司が寒い思いすることも、雨に濡れたり、雪積もらせたりすることも、なくなるかなって」 「ぁ……」 「っていうのと。----いつでも、好きなときに、来て。オレがいてもいなくても」 「そうま……」 「オレがもしいなかったら、連絡して。すっ飛んで帰るから」  ね、と。  まだ呆然としたままの司に笑いかけて、鍵を載せたまま固まっていた手のひらを、そっと閉じてやる。 「持ってて。オレが安心だから」 「--------うん」  驚いたままのぎこちない顔で、それでもはにかんで笑った司が、大事そうにキーホルダーに鍵をつけてくれるのを見つめて、立ち上がる。 「よし。じゃ、行こっか」 「ん」 「今日は晩ご飯何食べたい?」 「…………なんでもいい」 「ちょっとー、それが一番困るって、司も知ってるでしょ」  おどけた口調で怒って見せたオレに。  立ち上がってオレと同じ目線になった司が、その目に照れを滲ませながら 「なんか……おなかってか……胸? が……いっぱいで、なんか……もう、入んないな、って」  そんな風に恥ずかしそうに呟くから。  愛しさに胸を撃たれて、嬉しさによろめきながら、どうしようもない可愛さに打ちのめされる。  まさかこんなにも可愛いだなんて、反則だ。  そんな風に内心で呟いたら、ぐぃ、と司の腕を引いて足早に歩き出す。 「そうま? どしたの?」 「ごめん、ちょっと……可愛すぎて我慢できない」 「へ?」 「帰るよ」 「ちょっ……え?」  転ぶようについてくる司を、近くまで引き寄せたら。  キョトンとした顔を覗き込んで、熱を込めて囁いた。 「あんまり可愛いこと言って、煽んないで」 「あおっ!? ってなんかっ」 「襲いたくなる」 「----っ」  ぼんっと顔を真っ赤にした司を、有無を言わせず引っ張って、家路を急いだ。

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