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プロローグ : 2
翌日。朝の、ホームルーム前。
二年三組の教室。……秋在は、学校に来ていなかった。
自分の席に座ったままスマホの画面をジッと見つめている冬総に、一人のクラスメイトが近寄る。
「よっ、冬総! 春晴くん、今日は休みなのか~?」
「そうみたいだな。……それか、遅刻」
「『そうみたい』って。……春晴くんから『今日は休む~』みたいな連絡はきてないのかよ」
「こねェよ。休むとか休まないとか、そんなモン個人の自由だろ」
返事はするけれど、冬総は一切顔を上げない。
スマホを見つめ続ける冬総を見て、クラスメイトが口角を上げた。
「はっは~ん! とかなんとか言って~? しっかりちゃっかり連絡はとってる感じだろ~? どんな内容だ? 『心配だよ~』とか『お見舞い行くね~』とかか~?」
そう囃し立てながら、クラスメイトは冬総のスマホを覗き込んだ。
すると、そこに映っていたのは……。
「は? なんだコレ。地図アプリか?」
なんてことはない、ただの地図アプリだった。
ある一点から、画面は全く動かない。当然、クラスメイトは訝しむ。
「これって、どこ調べてるんだ?」
「別に、どこも調べてねェよ。見てるだけ」
「は? 見てるだけ? マップを? なんで?」
「別にどんな理由だっていいだろ。見たいから見てるんだっつの」
「いや気になるだろ、フツーに! こんなの見るくらいなら、定点カメラの映像をボーッと見てる方がまだ健全で納得だっつの!」
「『こんなの』って……」
クラスメイトの追及を遮ったのは、冬総の溜め息ではない。
「夏形く~ん、おっはよ~!」
「あ、ホントだ冬総くんみ~っけ! おはよう!」
女子のクラスメイトだ。
すんでのところで溜め息を飲み込んだ冬総が、スマホから視線を移す。
「はよ」
「ねぇねぇ、ちょっとこっち来てよ~! 昨日、チョー可愛いピアス見っけたんだ!」
「冬総くん、こういうの好き? ……ホラホラ、早く来て~!」
女子に呼ばれた冬総が、席を立つ。それと同時に、先ほどまで眺めていたスマホを制服のポケットにしまい込む。……画面は消灯せずに、だ。
「俺、女子のピアスとかはよく分かんねェんだけど? でも、いいんじゃないか?」
「ホント? でも、夏形くんはこういうの、付けないよね?」
「まァ、俺は男だからな。……でも、こういう揺れるタイプのやつは、見てて面白いと思う」
「『面白い』って、可愛いってこと?」
様々なピアスが広げられた机に近寄った冬総と、そんな冬総を取り巻くように近寄ったクラスメイトの女子たち。
そんな数人の会話を訊きながら、依然として冬総の席に近寄っていたクラスメイトが、ポツリと呟く。
「そこにいるチャラ男イケメンが、実はスマホで地図を眺めてる変人だっつって……あの女子たちはどう思うんだろうな~?」
そう言ったところで、きっと『邪魔しないでよ!』と一蹴されるのは目に見えている。小さな声でぼやいたクラスメイトはそのままなにも言わず、自分の席に戻った。
無論『ピアスを学校で付けるのは、校則違反じゃなかろうか』ということすら、言わずに。
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