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始まりの金曜日

 暖かさを感じられる日が増えてきた3月の三連休。  何かに遠慮するみたいにそっと首を横に振っていた司を、強引に外に連れ出した。  快晴とまではいかないまでも、スプリングコートで十分事足りるほどに暖かい日差しの中で、自然と緩んだ司の表情を見つけてホッとする。  行き先は近所にある市立の公園だ。  三連休に浮かれた人々が行き交う中を、はぐれないように、という理由で腕を取って歩く。  三連休には、何かのイベントがあるのだと、どこかのポスターで見かけた時から、司を連れ出そうと決めていた。  付き合って随分経つのに、未だにテーマパークや、水族・動物園といった、いわゆる観光地へは行ったことがなかった。  無意識のうちに派手に遊ぶことを避ける司に、だからこのくらいから始めるのがちょうどいいかと思ってのことだった。  イベントそのものに興味がなくても、公園自体はいつも待ち合わせをしていた公園と違って、市立の大きな公園だ。ぐるりと一周すれば、それなりにいい散歩になるに違いない。  ましてイベントがあるとすれば、屋台のような店もいくつか出ているだろう。  そんな風にささやかな期待をして、公園に入った。  この日が、二人にとって、ひとつの転機になるなんて、思いもせずに。  *****  三連休だから、と小さな鞄に3日分の着替えを詰めて颯真の家を訪ねたのは、金曜日の夕方。  渡された合鍵でドアを開けたら、颯真はまだバイトから帰っていなかった。  着いたよ、とだけメッセージを送ってから、勝手に冷蔵庫を開ける。  一人の時でも自炊するようになったらしい颯真の冷蔵庫は、いつかの何もない男の一人暮らし丸出しの中身とは打って変わって充実している。よほど懲りたのか、あの日以来、冷却シートと冷却枕も、常備してあるのだと言う。  今日は何にしようか、なんて考えながら冷蔵庫の扉を閉めて、小さな本棚に立ててあるレシピ本を広げて。  ふ、と。  あぁなんか、新婚生活ってこんななのかな、なんて。  そんな面映ゆいことを思い浮かべて一人で赤面した後。  パタパタと熱くなった頬に手のひらで風を送りながら、レシピ本をパラパラとめくった。  ***** 「ただいまー」 「おかえりー」  元気よくドアを開けたらいい匂いがして、パタパタと駆け寄ってきてくれる恋人が、待っていてくれるなんて。  なんて幸せで贅沢なんだろうと、ほくほくと噛みしめながら、相変わらず華奢なままの司をぎゅっと抱く。 「まだ外寒いんだね」 「朝晩はねー、冷えるからねー」 「颯真、つめたい」  耳元でたどたどしく呟いた司が、むぎゅ、と抱く腕に力を込めて。 「あっためてあげるよ」  照れて笑った声でそんな風に、恥ずかしそうに言うのが愛しくて、にっこりと笑う。  ありがと、と呟き返したら、ぎゅー、なんて効果音付きで司を抱き締め返して。 「いい匂いだね。晩ご飯?」 「今日はね、豆乳うどん」 「いいねぇ、あったまるね」 「ん。早く食べよう。お腹空いた」  にこり、と笑って頷いた司に促されて、ようやく互いに腕を解いて、短い廊下を歩く。 「そういえばさ、3連休、なんかしたいこと、ホントにないの?」 「ない」 「……そっか」  たいして悩みもせずにキッパリと言い放った司に、やれやれと苦笑してからコートを脱いで、鞄を床に置く。 「とりあえず食べよ。あっためすぎたら豆腐になっちゃう」 「そだね」  へたくそな話の逸らし方をする司の頭を、分かってるよと言うかのように、ぽふぽふと叩いてやって。  キッチンに消えた司が、ほかほかと湯気の上がる丼を2つ手にして戻ってくるのを、こたつの中でそわそわしながら待った。

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