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狂愛の果てに
無事に帰り着いた家の、玄関先で堪らず唇を唇で塞いだ。
「んっ……ちょっ、そうまッ?」
「ごめ、ちょっと……もう、待てない」
「そっ」
抗議するうるさい唇を塞ぎながら、なんだか暫く会わないうちにまた細くなった気がする司の体を、きつく抱き締める。
「つかさ」
やっと。
やっと、この腕に抱くことが出来たと。
死ぬかもしれないと思ったことも相まって、嬉しさと幸せは、相乗効果の倍々ゲームだ。
「もう二度と離さないから」
耳元。泣きそうになりながら囁いた言葉に、こくこく頷いた司は、オレの背に縋って、ぎゅうぎゅう抱きついてくる。
「ぉ、れも……ッ……もう二度と、離れないから」
泣いている声が返してくれた台詞が、じわじわと身体中に染みこんでいく。
「つかさ」
好きだよとか。
大好きだよと。
愛してるよとか。
そんな言葉じゃ言い表せない、とてつもなく大きくて苦しくて、でも幸せな想いが、喉の奥につっかえて出てこない。
「司ッ」
苦しくて苦しくて、喘ぐみたいに呟けたのは、たった一言だったけど。
ぎゅむ、と抱き締め返してくれた腕の力は、たぶん、オレの想いをくみ取ってくれた、司の応えだから。
「司」
全ての、想いを。
込めるなら多分、この一言しかないのだ。
「司」
*****
縺れ合うようにベッドに倒れ込んで、貪り合った唇。
言葉なんてもう、なんの意味も持たない。
触れてくれる手の平が全てで、触れ合わせた肌から伝わる温度が全てで。
愛しすぎて苦しくて。
助けて欲しくてキスをして。
それだけじゃ足りなくて、まだなんの準備もできてないのに、奥へと誘(いざな)う。
欲しいのはもう、颯真以外、何もない。
物理的に埋めて、満たして欲しかった。
安心したいだけじゃない想いは、貪欲に颯真を欲しがっていて。
それにちゃんと気付いてくれた颯真は、だけど無茶せず、じれったいほどに優しく、オレを満たしてくれた。
一つになった時。
本当に。心の底から嬉しくて幸せで、気持ち良くて安心して。
訳の分からない感情に満たされて、ボロボロ泣いた。
「司」
呼んでくれる戸惑った優しい声に頷きながら、両手を伸ばして颯真の背中に腕を回して。
「颯真」
これよりも全てを表せる言葉なんてない一言を、囁いて微笑う。
何もいらない。
これ以上、何もいらない。
颯真さえいてくれるのなら。
もう、何もいらない。
「颯真」
だから。
だからずっと、二度と、絶対。
離れたりしないと、鼻をすすり上げながら心に誓う。
「そうま」
「……司」
降ってくる唇。
奥の奥を突き上げながら、それでももっと奥を探ろうとする熱。
「司」
オレを呼ぶ、声。
返す言葉に選べたのは、たった一言だ。
「颯真」
*****
「オレねぇ、思ったんだ」
「……んー?」
気怠い体を、颯真の上半身に乗っけて。
無意識らしい颯真の指先に髪を弄ばれながら、満ち足りた心で過ごす途中。
ぼんやりと口を開いた颯真に、ちらりと視線を向けたら。
「オレが長生きすればいいんだなぁって」
「んー?」
「司に生きててもらうために、オレが長生きすればいいんだなぁって」
「…………」
「で、一緒にじーちゃんになればいいんだなぁって」
「…………」
「なんかさ、あるじゃん。アニメとかで。白髪で頭真っ白のじぃちゃんばぁちゃんが、縁側で日向ぼっこしながらお茶飲んで。間で猫が丸くなって寝ててさ。……あれ、たぶん、究極の幸せなんじゃないかなって」
幸せそうに笑った颯真が、オレの髪をまた撫でて、オレを見つめ返してくれる。
「オレは司とああなりたい」
「……そうま……」
「だから司。司もちゃんと長生きしてね。司がもしも死んじゃったら……----オレもたぶん、追っかけちゃうから」
「ぁ……」
「死ぬときは一緒ね。もう約束ね。嫌とか言わせないから」
「ぁ……ッ、うん」
潤んだ目を、隠さない颯真に。
たぶん同じように潤んだ目で頷いたら。なんだか照れ臭くなって、くしゃ、と笑って茶化してみる。
「なんか、プロポーズみたいだね」
「----うん、そうだね」
「…………そうま?」
「だって、もうそうだよ」
「そうま……」
「一生、傍にいてって、もう、プロポーズでしょ。ともに白髪の生えるまでってやつ」
「…………」
「プロポーズだよ、司」
「ぁ……」
「こんな、裸で……やることやった後で、締まんないけど。プロポーズだから、司」
「……」
「返事は?」
「ぁ……、……っ、----はい?」
「なんで疑問系なの?」
「だって……なんて返すの? なんて返したらいいの?」
オロオロ呟いたら、ははっ、と楽しそうに笑った颯真が、オレを胸に乗っけたままでむくっと起き上がる。
「わわっ」
突然のことにじたばたしたオレを、ちゃんと支えてくれた颯真が。
オレの両肩をがしっと掴んだまま、顔を覗き込んでくる。
「一生、傍に、いてください」
「…………----はい」
真っ直ぐで優しい目を。
真っ直ぐに見つめ返す。
ちゅぅ、と。軽いキスの後で、誓いのキスね、と笑った颯真が。
「一緒に暮らそう、司。今すぐは無理でも。社会人になったらとかでいいから」
「ん」
「毎日一緒に、いれたらそれで幸せだけど、オレのだって言いたいから、指輪買いに行こ」
「ん」
「結婚式も婚姻届もないけど、一生絶対大好きって、今、司に誓うから」
「----うん」
うん、と。頷いて、泣いた顔を隠すみたいに颯真に抱きついたら。
「…………いっしょう、はなさないから」
覚悟してねと囁いて、優しく微笑った頬に電光石火のキスを贈った。
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