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強請る三夜

「戸籍…?」 ぶ厚い手帳を閉じた紫音が躊躇いがちに斎藤の方を向く。 視線は合わず、紫音は下を向いたままだ。 「私には戸籍がないんです。あ、今は養子になっているのであるんですが、元々は、という話しです」 今にも消えてしまいそうな儚げな紫音の手をそっと取り、斎藤はベッドに導く。 先に腰を降ろした斎藤は開いた脚の間に紫音を座らせ、後ろから回した腕を紫音の腹に柔らかく添わせた。 「話せるところまででいいから続けて」 小さく首を下ろした紫音は斎藤の胸に背中を凭れかけ細く息を吐いた。 「私は孤児院の前に捨てられていたそうです。名前もわからず、へその緒も取れていない生まれてすぐの頃に。 孤児院の院長は赤子なのに泣きもせず声も上げなかった私を不思議に思ったそうです。 空が暗くなる前のほんの僅かな時間に私は発見されたそうで、その空が薄い紫色だったこと、私の回りだけ音のない世界のようだったことでこの名前を授けていただきました。 これからは音の溢れる世界で生きていけるように、と」 腹に回された斎藤の手に紫音の冷えた手が重なり、その手を温めるように斎藤のもう片方の手がさらに重ねられた。 「その孤児院はとある議員がよく訪れていたそうなのですが、私が拾われてからはその頻度が増したそうです。まるで私の成長を見届けるように。 孤児院でしたが、食事も設備も整っていたし、先生方も穏やかで優しい方達ばかりでした。軽いいじめなどはありましたが、学校にも普通に通わせていただきました。 中学を卒業する少し前、夜中に目が覚めトイレに立った時、たまたま院長と年配の辞めていく先生との話しを聞いてしまったんです」 当時を思い出したのか、紫音の身体に緊張が走った。

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