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蘇る四夜
もう何年前だろう。
先生の接待について回り繁華街に足繁く通い詰めていた時があった。
とある高級クラブでお気に入りの嬢を見付けた先生は水曜日はそのクラブに通う日と決めた。
酒は好きだが接待で飲むのは苦手だ。
下戸と嘘を付き、つまらない男だと小言を言われながらも酒の席からは逃れられた。
その代わりそのクラブの姉妹店の手伝いに回された。
自分の酒量を越え歩くのもままならない女を送迎車まで連れていく。
タクシーで溢れ返る狭い路地に送迎車が来られないせいとは言え、腕に胸を押し付けられきつい香水を移される。
どれほど躱しても何度も聞かれる連絡先に彼女の有無。
水曜日が嫌いになりかけたある夜、花屋で若い女性を見掛けた。
騒々しいきらびやかな街には似合わない清楚な女性。いつ見掛けても彼女は笑みを浮かべていたけど、どこか寂しそうな、生きていく意味を探すような無気力さも感じていた。
花屋の前を通る時は彼女の姿を探し、できるなら微かでもいい、声が聞きたいと行き交う車を避け耳をすませた。
その日は随分忙しかった。
何度も何度も送迎車の待つ駐車場と店とを行ったり来たりした。
何度目かの往復の途中で連絡が入る。送迎中事故に合い戻るのがいつになるかわからない。
そう告げられた電話は一方的に切られた。
腕に縋る女はベロベロだ。
片っ端からタクシー会社に連絡しても酔っ払いはダメだと断られ頭を抱えた。
ふと、花屋が目に入る。
女はどうでも良かった、彼女と話せるきっかけがあればそれで良かった。
息が切れる。
声を掛けるだけ。
それだけなのに、酒を飲んだ訳でもないのにやけに鼓動が早い。
「すみません」
周りの音が消え、自分の緊張した声が響き渡った気がした。
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