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蘇る四夜
店の奥から出てきた彼女の顔は驚いている。
それもそうだ。客ではない。迷惑でしかないだろう。
タクシーを頼んでみると視線を外しながら彼女が口を開いた。
「だいぶ酔われてます?」
芯の強そうな声、でも同時に消えてしまいそうな儚さも感じた。
高くも低くもない彼女の声は騒がしい街に慣れた俺に心地良く馴染んだ。
馴染みのタクシーを呼んでくれた彼女に何か礼をしたいと思った。彼女の印象に残る何かを。必死だった。
花屋で働く彼女に花を贈るなど滑稽すぎて笑える。そう思ったが、目の端に移りこんだ花から目が離せなかった。
濃い紫が目に残りどの花を見ても紫色のチューリップに戻る。
この花を君は好きかな。
花言葉なんて知らないけど、悪い意味じゃないかな。
赤やピンクの可愛い色鮮やかな花にした方が良かったかな。
長い前髪で彼女の表情はあまり見えない。
でも花束を渡した時戸惑いの表情がほんの一瞬だけ崩れ待ち侘びた花弁が開くような笑顔を見せてくれた。
薄い肩を引き寄せ思わずハグをしていた。
離せなくなる、その思いから一瞬で離れる。
火照る頬を見られたくなくてすぐに店を後にした。
せめて名前を聞けばよかった。
そう思ったのは翌日。先生からしばらくクラブには通わないと聞いた後だった。
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