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揺れる五夜

つい先程までの情事を済ませ、シャワーから出てきた男、笹本がバスローブのフードで髪の滴を拭きながらベッドに腰掛け着替えをしている紫音に笑いかけた。 「次はいつ会える?」 妻子がいるこの男は殊の外紫音を気に入った様子で二週間以上開けず紫音と逢いたがる。 元々バイセクシャルだと初めての夜に明かした笹本は熱心に紫音を口説き、いざ身体を開いてみても無理強いは一切せず、本当に紫音を愛しているかのようにひたすらに愛撫し、自分の欲を満たすことは常に後回しにした。 「愛してる…紫音、愛してるよ」 決して最後までを許さない紫音を抱きしめ手や口で果てに導く。 喘ぎを漏らし達すると顔はもちろん身体のあちこちに唇を落とし、ちゃんとイケたねと甘く囁き褒めた。 「君は本当にミステリアスで綺麗だ。結婚する前に君に会いたかったよ…」 二世議員の笹本、結婚する前に出逢っていたとしても早かれ遅かれ結婚はし、子も設けただろう。既にいる二人の子供は女の子で、養父からの要望で男児を設けるため妻は今三人目を妊娠中。 笹本と出逢ったのは偶然だった。 花屋を辞めた後抜け殻のように庭の世話だけに動く紫音をみた明義が自分の事務所での仕事を持ち掛けてきた。 最初は気が進まず掃除などの手伝いのみをこなしていたが、働くスタッフ皆優しくさほど答えもしない紫音に声をかけることを止めない。居心地の良い場所に気の良いスタッフ。父親のように見守り続ける明義。 紫音は少しずつ自分を取り戻し、少しずつ任せられる仕事も増えていった。 その日紫音が出勤してくると珍しく事務所内が慌ただしい。 いつも落ち着いている明義まで余裕のない顔をしている。 「父さん、何かあったの」 明義は滅多に呼ばれない名称に一気に顔を綻ばせ紫音をハグし背中をポンと叩いた。 「少し困ったことがあってバタついているだけだよ」 ハグを解きながら明義はいつもの顔に戻って笑った。 「僕に出来ることはある?」 明義は申し訳なさそうに眉を下げ、手が回らなくなり届けられなくなった書類の入った封筒を紫音に頼んできた。 笑顔を浮かべて頷く紫音に明義は頬をゆるゆるに緩ませ髪を撫で、そこまでの地図を書き、出口まで見送るために付いてきた。 「そんなに心配しなくても大丈夫」 申し訳ないような、面映いような気持ちで見送りに出てきた明義に紫音が言う。 「紫音、何かあったら電話して」 みなこ先生がいなくなってから心配してくれるのはこの夫婦だけになった。 まるでみなこ先生の意志を継ぐかのように、まるで本当の我が子のように。 まさか夜毎違う男に身体を晒しているなど、想像すらしていないだろうこの温かく優しい夫婦。 穢れてしまっている自分は……自分から離れた方がいいのかもしれない。 紫音の姿が見えなくなるまで事務所の前で見送っている明義を振り返り軽く手を振りながら紫音は去り際を考え始めていた。

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