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望む六夜

「このまま聞いて」 その声に包まれるように抱かれる腕の中で頷く。 「妻と………今話しをしてるんだ。君と出逢う随分前から夫婦仲は破綻していた。産まれた子供も人工受精で授かった。離婚の話しも何度もしてきたけど、その度に話し合ってお互いに頑張ってきたんだ。産まれた子供が……望んだ男の子だったからか、妻も生活の保証をしてくれるなら離婚してもいいと言ってくれている」 紫音を抱く腕にさらに力が込められる。 「父親の説得に一番時間がかかる。それが終わって……その時に君の心にいる人に君が辿り着いていなければ……俺と居てほしい」 何よりも誰よりも大事にするから。 嗚咽しそうな声を耳に落とされ紫音の身体が震えた。 これほど望んでくれる人はもう現れないかもしれない。 何もない自分。 どこの誰かも知れない自分。 それを知った上で求めてくれる笹本に紫音の心が激しく揺れ動いた。 それでも……………… 未だ閉じ込めて離そうとしない笹本の腕の中で紫音は首を振った。 「修也さん、だめです」

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