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4 手のひらころころ
バレンタイン当日である。
希望を迎えに向かう途中で、ライは考える。
希望が確保していた薔薇は、ばら撒いたのでもう残っていない。希望が考えそうな入手経路も、全て潰した。
とはいえ、周囲に花屋はいくつかあるし、薔薇も揃っているだろう。色や形、大きさなどに拘らなければ一〇〇本くらい集められるかもしれない。
希望が最初に注文していたのは、深紅の薔薇一〇〇本だった。「ライさんに似合う色の薔薇にしたんだぁ♡」と楽しそうに報告してきたから、なるほど、絶対いらねぇ、と強い気持ちで阻止した。
希望はどうするだろう。一日駆けずり回って、数だけでも揃えるのか。代わりの何かを差し出すのか。
ライは悔しそうな希望の顔を見たので、もう十分だが、最後に希望がどうするかは興味があった。
***
ライは希望が自分の無力さ、ライへの怒りで泣いてたら楽しいのに、と考えていた。
希望が聞いたら殴りかかりそうだが、今目の前にいる希望は笑っている。
その両手には、深紅の薔薇の大きな花束を抱えていた。
「くくく、残念だったなライさん! 俺の愛を舐めるな!!」
「……へぇ」
希望が不敵に笑うのを、ライは珍しく目を僅かに見開いて見つめる。
「驚いた。しぶといなお前。見直した」
「え?! い、いやぁ、そんな……えへへ♡」
希望はライに顔を顰められる、悪態を吐かれると覚悟していたが、ライの予想外の反応に驚いて目を丸くした。堂々と不敵な振る舞いから、急に頬を赤く染めて、ライにはにかんだような笑顔を向ける。
「実はじいちゃんちの庭園の薔薇、貰ってきたんだ♡綺麗でしょ?」
「なるほどな。プライドだけは高いから自力で何とかすると思ったが、結局泣きついたわけか。それでよく『俺の愛を舐めるな』なんてでかい声で言えたな。お前がその薔薇を育てたわけでもねぇのに自信に満ち溢れた顔して、どんだけ図太い神経してんだ。これだから温室育ちのボンボンは」
「ほ、褒められたと思って油断したら急にディスるじゃん……。びっくりした……」
「自分の目的の為に手段を選ばねぇお前の強欲さは嫌いじゃない」
「……ん? あれ??」
希望はライの罵倒に心挫けそうだったが、首を傾げた。
「もしかして引き続き褒めてたつもり?」
「惚れ直した」
「え! そ、そうなんだ? ありがと……?」
褒められていようとも、ライの口の悪さには納得がいかなくて、希望はまだ首を傾げている。けれど、俯くと、上目遣いでライを見上げた。
「……受け取ってくれる? 確かにじいちゃんちの庭園のだし、俺が育てたわけじゃない。数も一〇〇本にはならなかったけど、一生懸命選んだよ。ライさん大好きだよ」
希望の金色の瞳は潤んで、不安そうに揺れている。じっとライを見つめて、ぎゅっと唇を結んでいた。
今まで『俺があげたいからあげるんだ』『俺の愛を舐めるな』などと強気に押していたのに、急にしおらしくなってしまった。
詰めが甘い男だな、とライは呆れた。最後の最後で、相手を想って一歩引くから、逃げられるんだろう。
しかし、ライには希望から逃げる理由がなく、また、希望を逃す気も手放す気もさらさらないのだ。
希望が抱える花束にライが手を添えた。
「わかった、受け取る」
びくり、と希望の肩が震え、瞳もより一層、じわりと潤む。
「ほ、ほんとに?!」
「ああ」
「す、捨てちゃったり、燃やしちゃったりしない?」
「花びら毟り取る」
「え……!? だ、だめ……」
希望が声を僅かに声を振るわせて、大切そうにぎゅっと花束を抱きしめる。
縋るようにライを見つめるが、ライは微笑みを返した。
「……それで風呂に浮かべる。そういうの好きだろ?」
「え?」
「好きだろ?」
「す、好き!」
きらきらと希望の瞳が輝いて、頬は喜びで赤みを帯びる。希望はライが笑みを深めたことにも気づかずに、ライをじっと見つめていた。
「一緒に入る?」
「入るぅ♡」
「ベッドに散らすのは?」
「い、いいの?」
「好きだろ?」
「好き♡」
「じゃあホテル行くか」
「はぁい♡」
すっかり蕩けた眼差しは、ライだけしか見えていないようだ。希望は幸せそうに花束を抱えて、笑みを溢している。腰を抱かれ、車に促されて希望は大人しく座った。
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