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第1話

不夜城(ふやじょう)。東京の別名だ。夜になってもネオンの光が消えず、朝まで人びとがうごめく街。着飾った女の化粧と香水。タバコとアルコール。男たちの汗。 (すみ)はこの夜の街の匂いが好きだった。 黒服か警備するナイトクラブの前で、スマホを片手にぼんやりと、酔っ払いたちが騒ぐのを見ていた。 人波にまぎれこむドロドロに溶けたゾンビたち。ビルの看板にひそむ黒い影。居酒屋ののれんをくぐって、じっと客を睨みつける消えかかった女。 この世の生きものたちではない。夜の東京は、あやかしたちが、我がもの顔でうろついていた。 たまに、こちらに目を止めて、じっと見つめてくる霊もいる。澄は視線もやらずに知らない顔をしてきた。まとわりついてくる者たちは、振り払って舌打ちした。 澄は物心つく頃からお化けが見えた。異形のものたちに怯え、逃げ回るしかなかった。それが「ふつうの人」には見えないと気づいたのは、いつだったか。自分も見えないふりをして生きることにした。 「よう、澄。こんなとこで何してんの。なかに入んないのか?」 つんつんに刈り上げた金髪の、ヒトシが声をかけてくる。 「今日、客多すぎ。のれないし、だるくて出てきた」 「澄はいつもノッてないじゃん」 ヒトシは笑うと前歯の抜けたマヌケな顔になる。本人いわく、地元でシンナーをやりすぎたらしい。 「酒もタバコも、ヤクも女も興味なし。澄はなにが楽しくて生きてんの?」 「なんも楽しくねえよ」 澄は「ははは」と笑ってみせた。ヒトシが「もったいねえなあ」と肩をすくめる。 「オレが澄みたいにきれいな顔してたら、女を食いまくるけどな。芸能界だって入れんじゃねえのか?」 「他人に見られんのも、写真撮られんのも好きじゃねーもん」 「見せてやれよ〜! 撮らせてやれよ~~!!」 ヒトシが悔しがるので、澄はまた「ははは」と笑った。 なにもかも、生まれつき。たしかに澄の顔は、そんじょそこらのモデルや俳優も叶わないほど、整っていた。透き通るような白い肌に、くっきりとした二重の大きな目。長いまつ毛はくるりとカールし、唇は薄く、桃色をしていた。 澄が女性が苦手になったのは、何度も女の幽霊に追いかけられて「美味しそう」「食べたい」と迫られたからかもしれない。

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