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第11話

夕方頃、ガヤガヤとひとの賑わう気配がして、澄は飛び起きた。周りを見回すと、雁から与えられた部屋は静かだった。ベッドから立ち上がろうとすると、またぐらりとめまいがする。 姿見に写った自分と見つめ合う。サイズの合わないTシャツは、雁から借りたものだ。ガリガリに痩せた腕、クマのできた虚ろな目。 「お前、どっから来たんだよ?」 鏡に写る自分に問いかける。澄の記憶は途切れ途切れだ。子どもの頃から、化け物から逃げ回っている記憶はあるが、両親は顔もぼやけて思い出せない。ハッキリとしているのは2年前。夜の街に寝転がっていて、目が覚めたら今の自分だった。 コツコツとドアをノックされた。 「開けるぞ」 低い声がするのと同時に、ノブが回り髭面の男が顔を出した。 「よう、体調は……相変わらず悪そうだな」 「昨日よりはマシ。なんだよ、あんた。何しに来た」 澄は夜神をにらみつけてそっぽを向き、ベッドの上に腰掛けた。彼は肩をすくめて「野良猫みたいなやつだな」と言い、ズカズカと部屋に入ってきて、勝手に隣に座る。人間の体温が近くにあるのが居心地悪く、落ち着かない。 「家庭訪問してやったんだよ。明日もまだ出勤は無理だな」 「たいしたことねぇーよ、オレは部屋に帰る」 にゅっと腕が伸びてきて、ひたいに手をあてられる。冷え性なのかひんやりとした肌が心地よい。思わず目を閉じた。 「熱は下がったか。しばらくここで静養だな。リハビリがてら、事務所に顔見せるくらいは良しとするか」 すっと手をはずされて、澄は「あっ」と思う。その手の感触が名残惜しくて、上目遣いで彼を見てしまい、慌てて目を伏せた。 「なんだよ、もっと触って欲しいのか?」 夜神はニヤリと笑う。「ちげーよ」と小さな声で言った。 「ほら、来いよ。俺に触られると気持ちいいんだろ? 熱出て霊力が弱ってっから、俺のをわけてやろうか」 両手を広げて言われると「ちげぇって!」と語気を荒げる。 「なんだよ、わけるって!意味わかんないこと言うな」 イライラして言うと、夜神が表情をくもらせ「なるほど」とつぶやく。 「霊力わけてもらったことがないのか。そんじゃ、教えてやるよ」 「は? なんだよ、それって……」 そう言いかけると、夜神が正面からそっと抱き寄せてくる。 「えっ……えっ、なんだよ、これ……」 「じっとしてろ。目ぇ、つぶって……」 彼の大きな手に背中を優しく撫でられると、ゾクゾクと肌が逆立つような感覚がする。何度も何度も撫でられるうちに、体の奥からじんわりと暖かい波のようなものが広がっていく。 ビリビリとした振動が、血管を通っていくようにゆっくりと広がる。そのまま、痺れは手先足先まで広がり、指の先端でふわりと消えた。 「はは、気持ちよさそうな顔してんな」 耳元で囁かれて、澄はぱっと目を開ける。すると、夜神の指がほおに触れた。 「お前、なんも知らないんだな。いや、記憶が飛んでるのかもしれん」 澄は「覚えてねーもん」とつぶやく。 「ま、無理して思い出す必要ないだろ。そんだけ顔色戻ってるなら、明日は事務所に出勤するか?」 慌てて「お、おぅ」と答える。夜神は、自分の何かを察しているらしい。だが、それは踏み込んで聞けなかった。 「じゃあ、明日の朝は嶌川に送ってもらえ。あいつならお前の護衛にもちょうどいいな」 「護衛……? それは化け物からか? 嶌川さんは、そういうのわかんねーって言ってたけど」 「はあ? お前、気づいてないのか? アイツ、狐だぞ」 そう言われて澄はポカンとなってしまった。 「霊視はできないのか。嶌川は化けるのが上手いから仕方ないか……」 「狐って……嶌川さんは化け狐ってこと……」 「そう。雁が拾ってきた狐だ。お前、意外と騙されやすいから気をつけろよ」 澄は「嘘だろ」と呆然としてしまった。

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