12 / 19
第11話
夕方頃、ガヤガヤとひとの賑わう気配がして、澄は飛び起きた。周りを見回すと、雁から与えられた部屋は静かだった。ベッドから立ち上がろうとすると、またぐらりとめまいがする。
姿見に写った自分と見つめ合う。サイズの合わないTシャツは、雁から借りたものだ。ガリガリに痩せた腕、クマのできた虚ろな目。
「お前、どっから来たんだよ?」
鏡に写る自分に問いかける。澄の記憶は途切れ途切れだ。子どもの頃から、化け物から逃げ回っている記憶はあるが、両親は顔もぼやけて思い出せない。ハッキリとしているのは2年前。夜の街に寝転がっていて、目が覚めたら今の自分だった。
コツコツとドアをノックされた。
「開けるぞ」
低い声がするのと同時に、ノブが回り髭面の男が顔を出した。
「よう、体調は……相変わらず悪そうだな」
「昨日よりはマシ。なんだよ、あんた。何しに来た」
澄は夜神をにらみつけてそっぽを向き、ベッドの上に腰掛けた。彼は肩をすくめて「野良猫みたいなやつだな」と言い、ズカズカと部屋に入ってきて、勝手に隣に座る。人間の体温が近くにあるのが居心地悪く、落ち着かない。
「家庭訪問してやったんだよ。明日もまだ出勤は無理だな」
「たいしたことねぇーよ、オレは部屋に帰る」
にゅっと腕が伸びてきて、ひたいに手をあてられる。冷え性なのかひんやりとした肌が心地よい。思わず目を閉じた。
「熱は下がったか。しばらくここで静養だな。リハビリがてら、事務所に顔見せるくらいは良しとするか」
すっと手をはずされて、澄は「あっ」と思う。その手の感触が名残惜しくて、上目遣いで彼を見てしまい、慌てて目を伏せた。
「なんだよ、もっと触って欲しいのか?」
夜神はニヤリと笑う。「ちげーよ」と小さな声で言った。
「ほら、来いよ。俺に触られると気持ちいいんだろ? 熱出て霊力が弱ってっから、俺のをわけてやろうか」
両手を広げて言われると「ちげぇって!」と語気を荒げる。
「なんだよ、わけるって!意味わかんないこと言うな」
イライラして言うと、夜神が表情をくもらせ「なるほど」とつぶやく。
「霊力わけてもらったことがないのか。そんじゃ、教えてやるよ」
「は? なんだよ、それって……」
そう言いかけると、夜神が正面からそっと抱き寄せてくる。
「えっ……えっ、なんだよ、これ……」
「じっとしてろ。目ぇ、つぶって……」
彼の大きな手に背中を優しく撫でられると、ゾクゾクと肌が逆立つような感覚がする。何度も何度も撫でられるうちに、体の奥からじんわりと暖かい波のようなものが広がっていく。
ビリビリとした振動が、血管を通っていくようにゆっくりと広がる。そのまま、痺れは手先足先まで広がり、指の先端でふわりと消えた。
「はは、気持ちよさそうな顔してんな」
耳元で囁かれて、澄はぱっと目を開ける。すると、夜神の指がほおに触れた。
「お前、なんも知らないんだな。いや、記憶が飛んでるのかもしれん」
澄は「覚えてねーもん」とつぶやく。
「ま、無理して思い出す必要ないだろ。そんだけ顔色戻ってるなら、明日は事務所に出勤するか?」
慌てて「お、おぅ」と答える。夜神は、自分の何かを察しているらしい。だが、それは踏み込んで聞けなかった。
「じゃあ、明日の朝は嶌川に送ってもらえ。あいつならお前の護衛にもちょうどいいな」
「護衛……? それは化け物からか? 嶌川さんは、そういうのわかんねーって言ってたけど」
「はあ? お前、気づいてないのか? アイツ、狐だぞ」
そう言われて澄はポカンとなってしまった。
「霊視はできないのか。嶌川は化けるのが上手いから仕方ないか……」
「狐って……嶌川さんは化け狐ってこと……」
「そう。雁が拾ってきた狐だ。お前、意外と騙されやすいから気をつけろよ」
澄は「嘘だろ」と呆然としてしまった。
ともだちにシェアしよう!