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第1話

澄は探偵事務所の棚の前に立ち、ファイルを日付順に並べ替えるという単調な作業に励んでいた。黙々と手を動かしながら「なんなんだよっ!」という苛立ちが頭をぐるぐるとまわっていた。 今朝になると体調はすっかり良くなり、嶌川は快く車を出して、事務所まで送ってくれた。 「アンタ、狐なんだって……?」 助手席で、運転中の彼に尋ねると、細い目がキュッとさらに細められた。 「夜神先生が、もうバラしてしまいましたか」 彼は口もとをすぼめて「ほほほ」と笑った。 「オレに話したこと、どこまで本当なんだ?」 「ぜーんぶ、本当のことですよ、澄くん」 食えない狐はそう言いいながら、鮮やかにハンドルを切った。そのときのことを思い出すと、澄はまたムカムカしてしまう。 「おい、こっちの整理終わったぞ」 「仕事が早いな。そんじゃあ、今日はもう退勤でいいや。嶌川に電話して……」 「なんでだよっ!」 夜神は「まだうちで働きたいのか? 病み上がりなんだし、帰れよ」と呆れ顔で言う。 「あの狐、なんも信用できねぇっ!」 「お前、俺なら信用すんのかよ。俺と一緒にいたいのか」 「そんなこと言ってねぇーし……」 不毛な会話が続いて、澄はため息をつき、「コンビニのバイトにもどろっかな」とつぶやいた。 「やめとけ、やめとけ。そんじゃ、ちっとは探偵らしい仕事でもやらせてやるか」 そう言うと、夜神は机の引き出しを開けると、膨らんだ茶封筒を出すと澄に差し出した。封筒の下部には警察庁のロゴとマークが入っている。 「そんなかの写真の確認、お前がやるか?」 澄が手に取って中を見ると、大量のスナップ写真が入っていた。1枚、1枚、別の人物が写っており、裏側にはナンバーと日付が書き込まれている。 「これも日付順に並べ替えるのか?」 「いや、生死の確認。警察から頼まれてる仕事だ。それ、行方不明者の写真だからな。丁寧に扱えよ?」 澄は慌てて写真を封筒に戻して「はあ? 何言ってたんだ?」と聞き返す。 「行方不明者の捜索願が出てからしばらくしたら、こっちに、霊視の依頼がきて、写真がまわってくんだよ。それで、生存者から優先して調査する」 「警察がそんなことしてんのか……」 「非公式だけどな。お前、霊視は苦手みたいだけど、そんだけ霊力あるんだから、それくらいできるだろ」 そう言われて写真をもう一度出してみる。1人目は幼い顔立ちの少年だった。目にしてすぐに、既に亡くなっているとわかった。 そのまま見ていると次々と亡くなる場面が浮かんでくる。キャンプ場で家族で遊びに来ていたが、いつの間にかひとりで抜け出し、川に遊びに行ってそのまま……。 「おい、生死確認だけでいいぞ」 夜神に言われてハッと顔を上げる。彼はつかつかとこっちにやって来て「もう少し休め。体調が万全になったら、いろいろ教えてやるから」と澄の手から写真を取り上げた。 「俺の事務所じゃ、これが一番負担の少ない作業だ」 澄は手を差し出して、「もう1回やらせてくれ。次はさっさと生死確認だけする」と言う。夜神は首を横に振った。 「ダメだな、まだお前にはやらせられない」 「そんなこと……」 「この仕事はな、同情したら死ぬんだよ。お前、思ったより引っ張られやすいな」 夜神は「最高の酒を注いだガラスの器みたいなヤツだな」とつぶやいた。

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