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第6話

嶌川が車で迎えに来てくれたので、「悪ぃ、助かった」と会釈した。細い目がさらに細くなり「えらく素直ですね」と彼は笑った。 「オレさ、疲れたわ、今日」 素直ついでに、澄はそうボソリと言う。彼は「おや、もう音を上げますか」と聞く。 「それもいいんじゃないですか。夜神先生は、休めとうるさいわけだし。瑠衣と遊んでくれたら、私も助かります」 「子どもは好きじゃない」 「すぐ慣れますよ」 なんでもないことのように、ハンドルを握って言う彼に、尋ねた。 「なあ、ほんとに、アンタも化け物なのか」 「ふふ、野蛮な呼び方をしますね。私たちは、人ではないもの。この世あらざるもの。妖怪、アヤカシ、化け物。人間は好きなように呼びますから」 「オレを食おうとするヤツらのことだ」 「澄くんは美味しそうですからね。さぞかし、化け物には嫌な思い出が多いでしょう」 澄は「うん」とまた素直に言ってみて、「クソな人生だ」とつぶやく。 「今日さ、写真でさ、餓鬼に取り憑かれてる男を見たわ」 「へえ、珍しい。餓鬼なんて、特定の人間に執着すること少ないでしょうに。かれらは食べれるものなら、なんでも食いつく」 「オッサンは、人間の側が化け物にちょっかい出したんだろう、って言ってたわ」 嶌川は「ああ、夜神先生がそう言うなら、そうなんでしょうね」とうなずく。 「アンタも、人間からちょっかい出されたことあるのか?」 「私ですか? もちろん。見た目より長く生きてますから、それなりに人間とはお付き合いもありましたよ。でも、昔話です」 「なんだよ、それ。何歳なんだよ」 「ふふ、ほんと澄くんは野暮の質問しますねえ。そりゃあ、人間たちがそんな生活を始める前から、見てきましたからね。昔はね、人間は、よく私たちに化かされてましたから」 嶌川の唇には笑みが浮かんでいた。澄は「意味わかんねえ」と眉根を寄せた。 「人間は変わってしまったんですよ。もう、私たちの存在に興味がなくなった。だから、この世にもう私たちの居場所はない」 「いっぱいいるじゃねえか。オレに襲いかかってくるぞ!!」 「それは、あなたが特別だからですよ。夜神先生が執着するのもわかる。現代人には有り得ないほど、清浄でガラスみたいに脆く儚い魂」 化け狐の声はやたりと艶があり、言葉は歌うように聞こえた。 「おまっ……オレを騙そうとしてないか?」 「あら、バレましたか。鈍感なような敏感なような、本当に面白い子。あんまり遊ぶと夜神先生に叱られるからやめておきましょう」 澄はため息をついて「オレはなんなんだよ。意味わかんねえよ」と再びつぶやいた。

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