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前編

その日、勇者隊は昼過ぎに魔物の群れの討伐を完了した。 まだ処理班の面々は走り回っていたが、討伐隊は日が暮れる少し前には酒の席に着いていた。 今夜の宿は食堂が狭かったため、勇者隊は村で一番大きな酒場へ繰り出していた。 今日は死者も無く、隊員にも大きな怪我が無く、皆明るい顔をしている。 勇者に就任した当初は未成年で、飲酒できなかったリンデルも、今では皆と共にグラスを傾けていた。 リンデルは、ふと、視線を感じて顔を上げる。 酒場の片隅に、片目を布で覆った黒髪の男が一人で酒を飲んでいた。 ここらではあまり見かけない、浅黒い肌。 前髪は顔を隠すほどに長く、胸の下ほどまで伸ばされた黒髪は、前で一つに括られている。 良く見れば、長袖の下の右腕は途中から無くなっているようだった。 ほんの一瞬、目が合ったような気がしたが、リンデルが見た時には男は自身の手元を見ていた。 こんな場所に知り合いなどいないはずだったが、リンデルは何故だか無性にその男と話したくなって、気付いた時には立ち上がっていた。 「勇者様……?」 ロッソの声が背にかかる。 それに気付く様子もなく、リンデルはその男から視線を離さないまま、何かに引き寄せられるようにそのテーブルへと向かった。 「あの、ご一緒しても、良いですか?」 なぜかは分からない。けれど、この男の側にいたい。 その衝動が抑えきれないままに、リンデルはほんの少し震える声で尋ねた。 「……ああ」 長い沈黙の後、男が短く答えた。 その言葉が、声が、堪らなく嬉しくて、リンデルは「ありがとうございますっ」と勢いよく頭を下げる。 その嬉しそうな声に、男がチラと視線を上げる。 深い緑の瞳に、輝くような金色をした青年の弾けんばかりの笑顔が映る。 「……っ」 男がそれから目を逸す。まるで、見てはいけないものでも見てしまったかのように。 子供のように嬉しそうに破顔したリンデルに、動揺したのは男だけではなかった。 (……勇者様?) こんなリンデルの顔など、ロッソはここ数年見た事がなかった。 前隊長だったルストックが一線を退き、リンデルが名実共に勇者隊の隊長に成ってからというもの、この青年の表情は日々皆の求める勇者としてのそれに変わり、年相応ではなくなっていた。 それが、不意にこんな笑顔を見せるなんて。 これは異常だと、非常事態だと、ロッソは気付く。 焦りを内に隠しつつ、ロッソは勇者の腕を引くと小声で尋ねた。 「勇者様、この方は……?」 「え? ああ、俺もこれから尋ねようと……」 そこまでを聞くと、ロッソは男へ頭を下げて告げる。 「お話中大変申し訳ありません。急ぎの用があるため、これにて失礼致します」 「え、ちょ、ロッソ……っ」 普段なら、これで素直に従うはずの青年が、この日はロッソの手を振り払った。 「待ってくれ。この人と、話をさせてほしい」 リンデルは声こそ荒げなかったが、その言葉にも金色の眼光にも強固な意思が込められている。 「……勇者様……」 ロッソは、なぜかリンデルが自分から離れて行ってしまう気がして、縋るようにその名を呼んだ。 「大丈夫だ。勇者の名に恥じるような事はしないよ」 リンデルは少し屈んでロッソの耳元で小さく囁くと、その肩をポンと叩いた。 そのままリンデルが自然な仕草で男の座るテーブルへ着席するのを、ロッソはどうすることもできずに見つめていた。 先ほど振り払われた手を、じわりと胸元へ引っ込める。 震える指先を隠して、ロッソは二人の傍に黙って控えた。 リンデルはその言葉通り、はたから見る限り、男と穏やかに世間話をしているように見えた。 自身のことを全く語ろうとしない男は、問うても名を名乗ることは無かったが、静かにリンデルの話を聞いていた。 時折「そうか、大変だったな……」などと男が相槌を打つと、リンデルは心底嬉しそうに微笑んだ。 部屋の隅で壁を背に飲んでいた男に、向き合うように座ったリンデルの、正面と片側は壁だった。 残る片側をロッソは自身の背で塞いでいる。 これで、ひとまずリンデルのこんな顔を目にできる者はいないはずだ。 ……この男を除いては。 それでも、リンデルがなぜこの男にこんなに気を許すのかが分からない以上、ロッソから危機感が薄れる事はなかった。 「……あの、明日も、話をさせてもらえませんか?」 少し不安そうな、それでも期待をはらんだリンデルの声に、ロッソは顔を上げる。 いつの間に俯いていたのか、どれほどの時が経ったのか、辺りは人もまばらになっていた。 しばらく逡巡するかのように沈黙を続けていた男が、 「……ああ」 と、どこか苦しげに答えると、リンデルは飛び上がらんばかりに喜んだ。 「ありがとうございますっ! 明日もここへ来ますっ!」 喜びを露わにするリンデルとは反対に、ロッソは息苦しさに胸を詰まらせる。 やはり、異常だ。 こんな……こんなに幸せそうに笑う姿は、今まで、ほんの一度きり。 姉の結婚式の際に、一度見せたきりだと記憶している。 それをこんな、初めて会ったばかりの男に見せるはずがない。 やはり、この男とリンデルには何かがある。 その何かが何かは分からなくとも、ロッソはその脅威からリンデルを、勇者を守り抜くと誓い、自身の使命を強く握り締めた。 ---------- この村では、補給部隊との合流を予定していた。 三日後には補給を完了し、次の目的地へと旅立つ。そのはずだった。 しかし、三日後に着くはずだった補給部隊は、途中で魔物の襲撃に遭い、その到着を延ばしていた。 結果、リンデルはこの三日間、毎日夕食の時間を男と共に過ごしていた。 初めは酷く張り詰めた様子だった男も、次第に緩み、それにつられるように、リンデルは男に対して日に日に幼い表情を見せるようになっていた。 そんな勇者の姿に、ロッソはこれ以上の傍観は出来ないと判断した。 「……失礼ですが」 男は、酒場を出てしばらく歩いたところで背にかけられた声に、ゆっくりと振り返った。 「これ以上、勇者様に会わないでいただけませんか」 無表情に近い顔で男をじっと見つめる小柄な男。 それはこの三日間、男とリンデルとの会話をずっと黙って聞いていた勇者付きの従者だった。 酒場でリンデルと別れてから、かなりの時間が経っている。 男はリンデルが帰った後もなかなか帰る気になれず、その場に残って金色の青年の余韻を味わっていた。 「あいつが、そう言ったか?」 一人で来ているところを見るに、単独行動なのだろう。と男は思う。 それでも、聞かずにはいられなかった。 「……いいえ……」 目を伏せて従者が答える。 その素直な答えに、男は口端を少しだけゆるめた。 「分かった。お前達がこの村を発つまで、もうあの酒場には寄らない」 男の言葉に、ロッソは弾かれるように顔を上げた。 「……良いのですか……?」 思わず聞き返す。自身が頼んだにもかかわらず。 あんなに、二人は強く惹かれ合っていたのに。 近くで話を聞いていて、それが分からないロッソでは無い。 だからこそ、その答えがにわかに信じられなかった。 「あいつを惑わせるつもりはない。あんな立派な姿が見られて……俺はもう、十分だ」 男はそう告げると、ロッソに背を向けた。 その言葉に、ロッソは確信する。 やはり、この男はリンデルを知っている。 そして、彼の幸せを願っている。 だからこそ、何も言わずに去るのだと。 「ありがとう、ございます……っ」 ロッソはその背に深々と頭を下げ、精一杯の謝意を伝える。 振り返る事なく立ち去る男の後ろ姿を見送りながら、ロッソはこれで全てが元通りになるだろうと、にわかに安堵していた。 しかし、翌日、男の姿を見失ったリンデルの動揺は、ロッソの想定を遥かに超えていた。 ---------- しばらく待っても来ない男を待っていたリンデルが、ついに待ちきれず外へ出て男を探し始めて、ロッソは自身の行いが悪手だった事を知った。 今にも泣き出しそうな顔で、名も知らない男を探す、こんな取り乱した勇者の姿を他の者に見られるわけにはいかない。 ロッソは何とか強引にリンデルを宿の部屋へと詰め込むと、必ず男を連れて来ると誓って、宿を飛び出した。 村中を駆け回り、男を宿まで連れて来た時、リンデルは既に立つこともままならない状態だった。 男を部屋の前に待たせて、先に勇者の様子を見ようと扉を開けたロッソは目を疑う。 床に蹲り、冷や汗なのか額にびっしりと汗を浮かべて、青白い顔でカタカタと震えるリンデルに、ロッソは思わず叫び駆け寄った。 「勇者様!?」 開け放たれたままの扉から、男が静かに部屋へ入り、扉を閉める。 「リンデル……」 男の落とした小さな声に、リンデルが顔を上げる。 金の瞳が潤み、安心したような表情を浮かべる。 「あ……カー……ーーっ!!」 何か言いかけたリンデルが、強烈な痛みに襲われ、苦痛に顔を歪ませる。 頭を抱えて床へと崩折れるリンデルを、ロッソが支えた。 男の事を想う度、リンデルの頭には、繰り返し頭蓋ごと砕かれるような強い痛みが降り注いでいた。 「もういい……。もう、思い出さなくていいんだ」 男は、リンデルの傍に膝をつくと、前後不覚に陥っている青年の背を優しく撫でる。 「……すまないな……。辛い思いをさせて……」 男が片目を隠していた布を片手で器用に解く。 その下から現れた美しい空色の瞳に、ロッソは息を飲んだ。 「リンデル、俺を見ろ」 優しく囁かれた声に、顔を上げかけた青年が、強く目を閉じた。 「嫌だ!」 ロッソは、この青年の口から、そんな単語を初めて聞いた気がした。 愚痴や弱音を耳にすることは度々あったが、それでも『嫌だ』などと口にするリンデルの姿を見たのは初めてだったのではないだろうか。 驚きを浮かべるロッソを脇に、男はリンデルの髪へと指を伸ばした。 「困ったやつだな……」 今も痛むだろう頭を、男は慰めるように撫でる。 「俺はもうお前の前には現れない。探さなくていい。俺の事は、もう忘れるんだ」 男はゆっくりと諭すようにそう告げると、立ち上がる。 「お前が元気で、俺は嬉しかったよ……」 そう言い残して歩き出そうとした男の足を、リンデルが全力で掴んだ。 「っ、お前……」 驚きと悲しみが混ざった、まるで痛みを堪えているような顔で、ギシリと軋むように振り返る男。 「行かな……で……」 リンデルの声は、切なげに涙を滲ませていた。 「離れたく……な……い……」 縋るように男を見上げた青年は、視点の定まらない金色の瞳から、大粒の涙を一粒零して、そのまま意識を失った。 がくりと項垂れる体をロッソが受け止めると、抱き上げようとして、その手がまだ男の足を離さず握り締めている事に気付く。 その指を解こうとして、あまりの力強さにロッソはまた驚いた。 指先が白くなるほどに握り込まれたその足には、きっとアザが残るだろう。 「すみません……」 男に謝罪の言葉を述べながら、ロッソはその指をなんとか引き剥がそうとする。 が、リンデルの力は予想以上だった。 これ以上力を入れて、勇者が指を痛めないか、と不安そうな顔をするロッソに、男はベッドまで付き添うことを申し出た。 「この手は俺がなんとかする。ひとまずそいつを寝かせてやれ」 言われて、ロッソはリンデルを部屋のベッドにそっと横たえると、素早く脈や呼吸、顔色等を確認する。 それらに異常がない事を認めると、ロッソは男へ向き直った。 「大変……ご迷惑をおかけしました。お付き合いいただき、ありがとうございます」 男は自身の足を掴んだままのリンデルの指を、一本ずつ愛しげに撫でていた。 それに応じるように、リンデルの指先から力がじわりと抜ける。 その手を優しく持ち上げて、男はベッドに上げていた足を下ろした。 まだ名残惜しそうにリンデルの手を握ったままの男が、ロッソに視線を向ける。 「いや、俺の方こそ、迷惑をかけたな……。もう、お前達の前には……」 そう言って立ち上がろうとする男を、ロッソが止める。 「お待ちください。どうか、私に貴方と勇者様との事を教えてくださいませんか」 「……」 男は黙ってロッソを振り返る。 「俺がここにいれば、こいつが目を覚ましたとき、また辛い思いをする」 「…………私も、そう思っていました。けれど、間違いでした……」 ロッソが、後悔を滲ませながら答える。 そう。引き離すべきは、あの時、最初に手を払われた時だった。 あの時に、力尽くにでも二人を引き離しておかなければならなかった。 今では、遅すぎたのだ。 「今の勇者様には、貴方が必要です……」 自分の言葉が滲むのを、ロッソはどこか遠く感じていた。 「……そう、言われてもな……」 思いもよらない言葉に、男が困惑を浮かべる。 「この村にご家族が……?」 「いや、それは無いが……」 明らかに戸惑いを浮かべている男を、ロッソはもう一度見る。 歳の頃は四十を回っているだろう。 前隊長と同じ年頃だろうか。 リンデルの両親は幼い頃に魔物に食われたと、資料には書かれていた。 親族はいたようだが、ずっと連絡は取っていないはずだ。 何より、男の浅黒い肌と黒髪は、色白で金髪のリンデルとは全く違う場所で生まれたのだと思わせた。 黒髪……。そこまで考えて、ふと、リンデルが何かある毎に、ロッソの髪を触りたがる事を思い出す。 彼が、自身の髪を通して見ていたのは、この男だったのだ。とロッソは気付いた。 思い返せば、以前、薬を盛られた時だって、リンデルが求めていたのはこの男だったのだろう。 リンデルは、名も知らないはずのこの男を、なぜかずっと求めていた。 やはり、今、この状態の勇者様から、この男を引き離すべきではない。 ロッソは再度その思いを強めると、男から現在の生活状況を聞き出すことに尽力した。 男はこの村で一人きり、どこに所属することもなく暮らしていたらしい。 この村に留まる理由は、知り合いの墓がこの村の近くにあるという一点だけだった。 生活の糧を稼いでいた方法については占いのようなものだと言葉を濁していたが、あまり真っ当なものには思えない。 今はまた布の下に隠してしまっていたが、その左右で違う瞳の色にも、どこかしら不吉なものを感じさせた。 こんな、得体の知れない男を勇者の傍に置く事に、内心葛藤はあったが、何しろ補給部隊は明日には到着する。 ここを明日発たねばならない以上、この男を連れてゆく他に勇者の体面を守るための手段は無いと判断する。 男は、リンデルとの過去について、何一つ語ろうとはしなかった。 「それを知る事は、こいつのためにならない」 男にそう言われて、ロッソはそれ以上の詮索を断念した。 「ではせめて、お名前だけでもお教え願えませんか?」 ロッソの言葉に、男は一度開きかけた口を閉じて「好きに呼んでくれ」と言った。 ---------- ぱち。とリンデルが目を開いた時、視界には宿の天井が広がっていた。 「あれ? 俺は……」 と体を起こすと、ソファに横たわるロッソの姿があった。 (なんでソファに……) 数年前から、リンデルはロッソに同室を許していた。 なので、この部屋には当然ロッソのためのベッドもあったはずだ。 横を見れば、少しだけ離れたベッドには黒髪の男が休んでいた。 リンデルの気配に気付いてか、ふっと目を開いた男の、森と空の色。 途端、喜びが胸に溢れて息が詰まる。 「カー……っっっ!!」 愛しいその名を呼ぼうとして、リンデルはまた強烈な痛みに襲われた。 男は、片腕で体を支えながら器用にベッドから降りると、そんな青年へ手を伸ばす。 まるで当然のように、男は青年のベッドへ上がると、金色の頭を優しく胸元に抱いた。 「リンデル、一度術を解いてやる。俺の眼を見ろ」 優しい声にびくりと肩を震わせるリンデルが、それでもふるふると、頭を振る。 「嘘じゃない。解くだけだ。突然いなくなったりもしない。約束する」 「…………本当に?」 怯えるように、恐る恐る顔を上げた青年が愛しくて、男はその唇へ口付けた。 驚いたように見開かれた金の瞳を、紫の光で射抜く。 とろりと金の瞳から光が失われたのを確認して、男は解術の言葉を囁いた。 瞳の色を空色に戻した男が、優しく、焦がれるように囁く。 「リンデル」 ハッと正気に戻った青年が、自分よりほんの少し背の高い男を見上げる。 金色の瞳から、涙が次々に溢れ出す。 「カース……。カースっ! カース!!」 リンデルに思い切り抱きつかれて、片腕の男はたまらずベッドへ倒れ込んだ。 「こら。まだ夜中だ、あまり大きな声を出すな」 男に嗜められて、リンデルはごめんなさいと小さく呟く。 男の胸に埋めていた顔をチラリと上げると、男はとても優しい目で青年を見ていた。 「ああ、カース……本当に、カースだ……夢じゃないんだよね?」 青年が喜びに震える指先で男の頬をなぞる。 「大きくなったな、リンデル。一瞬分からないほどだったよ」 男が目を細めると、男の目からもひと粒の涙が零れた。 その雫を青年が、ちゅっ。と音を立てて吸う。 「リンデル、よせ。従者に見られてるぞ」 息を潜めて一部始終を見守っていたロッソが、急に振られて瞬時にソファの肘掛けに引っ込む。 「大丈夫。ロッソは俺が不利になるような事はしないよ」 リンデルはそう言うと、ふわりと微笑んでカースの口をその唇で塞いだ。 「んっ……」 リンデルに強引に舌を入れられて、男が小さく息を漏らす。 あの頃まだ小さかった少年の舌も、口も、今では男と変わらない大きさで、奥まで侵入してきた舌は男の口内をいっぱいに満たした。 「……ふ、ぅ……」 早まる心音に息が苦しい。 男の背筋をゾクリとしたものが駆け上がる感触に、ジンジンと頭の奥が痺れてくる。 リンデルは一度唇を離す。 銀糸で繋がる男の、上気した表情をうっとりと眺めてから、もう一度、深く口付ける。 水音を響かせながら、ゆっくり、じっくり、お互いの内を繰り返し確かめ合う。 「ん……」 リンデルは唇を離すと、男の口から溢れた雫を愛しげに舐め取る。 そのまま、顎から首筋へと舌を這わせてゆく。 「っ、リンデル……。お前、何す……」 男の鎖骨の窪みへ舌を這わせていたリンデルが、顔を上げて微笑む。 「ん? えっちなこと」 リンデルは自身の唇をぺろりと舐めると、艶めく金色の目を細める。 薄闇の中、その姿はどこか妖艶でもあった。 「…………だめ?」 ほんの少し淋しそうに首を傾げて尋ねる青年に、男が思わず息を飲む。 そんな男の動揺に気付いてか、リンデルは男の手を取ると自身の口へと入れてみせた。 男の指を愛しげに舐めながら、じわりと体を密着させる。 リンデルの熱い身体から伝わる熱。 男の耳元に顔を寄せると、リンデルは可愛らしくねだった。 「カース……俺と、えっちなこと、しよ……?」 ---------- 「いや、それは……。ほら、従者が……」 「大丈夫だから」 躊躇う男に、リンデルは微笑みながらその手を男の下半身へと伸ばす。 服の上から撫で回されて、男が僅かに頬を赤らめる。 「っ……リンデル……」 「ほら、おっきくなってきたよ?」 嬉しそうに微笑むリンデルに、男が眉を顰めて答える。 「お前が……触るからだろ」 リンデルが、ぴたりと動きを止めて、悲しげに呟く。 「俺とは、もうしたくない……?」 髪と同じ金色の睫毛が、震えるようにじわりと伏せられる。 「俺が……もう、子供じゃないから……?」 捨てられる事に怯えるように、リンデルが小さく体を縮こまらせる。 「そんな事、心配してたのか」 男は苦笑を浮かべて息を吐く。 温かい眼差しのまま、男はそっと腕を伸ばして金色の頭を抱き寄せる。 「そんなのは関係ない。……お前は今でも変わらず可愛いよ」 優しく諭すように囁かれて、リンデルは男を抱き締め返した。 「カース……」 ぎゅっと上から覆い被さるようにくっついてくる青年に、男は息苦しくなったのか、姿勢を横向きに変える。 「……しかし、重くなったな」 苦笑する男の胸に、リンデルはなおも顔を擦り付ける。 「ごめん……」 「謝るような事じゃない。お前の成長は喜ばしい事だ」 「……」 「俺も、お前の成長が嬉しいよ」 「本当……?」 「ああ」 上目遣いに、男の胸元から見上げてくる金色の瞳。 まだ涙の跡を残した目尻を、男は指先で愛しく撫でた。 「お前の従者が、俺について来いと言うんだ」 「え、ロッソが?」 「ああ」 「カース、俺と来てくれるの!?」 「まあ……、途中までならな」 流石に王都までは行けないだろう。彼には前科がある。 しかしこの村から王都までは、まだかなり距離がある。 「そっか……そっか……、じゃあ、明日もカースと会えるんだ……」 心底嬉しそうに、頬を赤く染めてリンデルが微笑む。 「ああ、だから焦る必要は無い。もう寝ろ。明日出立するんだろ」 男にふわふわと髪を撫でられて、リンデルはほうっと息を吐くと表情をゆるめた。 どうやら、本人も気付かぬうちに焦りから力が入っていたようだ。 「うん……」 男の胸に頬を寄せて、青年は安心した顔で金色の目を細める。 「カース……」 「なんだ」 耳元で囁かれる返事に、青年はそっと目を閉じる。 「目が覚めたら、夢だったとか……ないよね……?」 「俺はそれでもいいけどな」 「良くないよっ」 さらりと答える男に、リンデルは慌てて抗議する。 男の括られた黒髪へリンデルは長い指を絡めると、それをぎゅっと抱き締めた。 「いてて、あんま引っ張んなよ」 「カース……」 「うん?」 「明日も、俺の側にいて……」 「わかった。約束する。だからもう寝ろ」 「うん……」 リンデルは、頭痛の疲れもあってか、男の胸でとろりと眠そうな顔をしていた。 そんな青年の金色の髪を、男はゆっくりゆっくり優しく撫でている。 「ぜったい……おいて、行かないで……よ……?」 「ああ、傍にいるよ……」 囁く男の瞳は、深い後悔と懺悔の色に染まっていた。 リンデルは、自分の事などすっかり忘れて、幸せに生きているのだと思っていた。 淋しいのは自分だけだと、信じていた。 けれど、それは俺の思い違いだった。 俺のことを思い出せないままに、この青年は俺をずっと探していたと、従者は告げた。 それはなんて残酷な事だったのか。 俺はまた。こいつの為を思って、逆にこいつを辛い目に遭わせていたのかも知れない……。 すぅすぅと柔らかな寝息に、リンデルが寝付いたのを確認すると、男は身を起こそうとして……、その髪を握りしめられている事に思い至る。 中途半端に体を浮かせた男に、ロッソの声が静かにかかる。 「そちらでお休みいただいて、構いませんよ」 「……ずっと聞いてたのか」 「これが仕事ですから」 「そりゃご苦労なこった」 「……申し訳ありません」 「謝る事じゃない」 男は小さくひとつため息をつくと、またリンデルの隣に肩を沈める。 「お前ももう寝ておけ。俺はこいつに何もしない」 「はい……ありがとうございます」 ロッソは、男の言葉を素直に受け取った。 この男がどれだけリンデルを大切にしているのかは、もうロッソにも分かっていた。 それでも、なぜこれほど想い合う二人が離れていたのかは、まだ分からないままだった。

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