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後編

「カース! ただいま!!」 夕方、リンデルが勢いよくテントへ入ってくる。 今日は野営だった。 テントとはいえ、他の隊員達の物と違い、勇者達のテントは背も高く、広い造りになっていた。 「おかえり」 カースは隅のベッドで読んでいた本を閉じると顔を上げる。 あまりに元気良く帰ってきた金色の青年に、壮年の男は苦笑を浮かべていた。 「今日は夕飯をこっちに運んでもらうから、この後は、ずっと一緒に居られるよ」 既にピン留めを外されているらしい甲冑をいそいそと取り外しながら、嬉しそうに告げる青年の様子に、男が僅かに眉を顰める。 「お前……、仕事はちゃんとしてんだろうな?」 訝しがるような男の声に、リンデルは苦笑する。 ロッソが側に居る限り、勇者の仕事に手を抜く事は許されるはずもない。 「ちゃんと、勇者らしくしてるよ」 軽く胸を張るようにして答えたその声は、どこか淋しげに聞こえた。 「……まさか、お前が勇者になるなんてな……」 カースはリンデルの頭から爪先までをもう一度眺める。 今朝も見た姿ではあったが、全身を包む甲冑のデザインは他の隊員達とは差別化されていて、誰が見ても、一目で彼が特別なのだと分かるようになっている。 大仰な分厚いマントや、その外側に付いた盾のような大きな肩当て、胸元も大きく張り出していて、あれでは俯いても足元が見えづらいだろう。 動きやすさという点では、他の隊員の甲冑の方が随分上に思えた。 「その鎧、重そうだな」 カースがぽつりとこぼした言葉に、リンデルが籠手を外しながら答える。 「うん……重いよ……」 伏せられた睫毛は俯いて作業をしているためか、それとも暗い感情を宿しているのか、その横顔からは読み取れない。 前科のあるカースにとっては、騎士というだけでも近寄り難い。 それなのに、まさか勇者とは……。 勇者と言えば、国の騎士の代表。シンボルのような存在だ。 清廉潔白である事が当然のように求められているはずの、その青年の横顔を見つめる。 昨夜、ベッドで男を誘ってきたはずの青年は今、いかにも気高い騎士然とした風貌でそこに立っていた。 清潔そうに整えられている艶やかな金色の髪。 重く実を付けた麦穂のような温かな金色は、青年が動く度にキラキラと淡く輝いている。 こちらの視線に気付いたのか、ようやく鎖帷子まで脱いだ青年が顔を上げる。 ゆるりと潤んだような金色の瞳。髪と同じ温かな色が男の顔を覗き込む。 「俺、部屋着に着替えようかと思ってたんだけど……。もう、このままする?」 小首を傾げたリンデルに、上目遣いに言われて、男が顔を引き攣らせた。 「……お前な……、周りも皆テントだろ? なんでそうすぐ……」 やれやれという風にため息をつく男の顎をスイと引き寄せて、青年がその唇を塞ぐ。 「っ……」 男は一瞬目を見開いたが、抵抗することは無かった。 リンデルが、そっと腕をカースの背に回し、じわりと体を密着させる。 あの頃、陽だまりのような柔らかな香りをさせていた少年は、今、脱いだばかりの鎖帷子や鎧に汗が混ざったような匂いをさせていた。 リンデルの舌が歯列を割って侵入する。 男はそれを受け入れ、自らの舌を絡ませた。 リンデルは嬉し気に頬を染めると、わずかに息を漏らす。 男性にしては高い方ではあるが、青年の声はすっかり声変わりしていた。 けれど、男の耳には十分可愛らしく響いた。 そろりとリンデルが男の肩から右腕へと指を伸ばす。 服の上から、隠された傷口を指で探っていたリンデルが、その端を見つける。 「……っ」 慰めるように優しく撫でられて、男が小さく肩を揺らした。 「……痛い?」 名残惜しそうに唇を離した青年が、男の右腕……が繋がっていたはずの場所を見る。 肩からではないものの、肘の少し上から指先までの全てが失われていた。 「いや、もう随分昔の傷だ」 「……もしかして……」 そこまで口にした青年の唇を、今度は男が塞いだ。 青年から言葉を、思考さえも奪うように、ねっとりと濃厚に男が口内を犯す。 「……ぁ…………ふ、ぅ……」 リンデルの口端から、飲み込みきれなかった雫が顎へと伝う。 男が左腕をリンデルの腰へと回した時、凛とした声が近くで響いた。 「失礼します」 間を置かず、ロッソが二人分の食事をかかえて入ってくる。 ロッソは二人をチラと見ると、表情を変えないままに、簡易テーブルへ二人分の食事と飲み物までを美しく並べて、一礼した。 「大変失礼致しました」 そのまま、何事もなかったかのように退出する。 ロッソの退出を見届けると、リンデルは呆然と固まってしまった男をヒョイと抱き抱えた。 「お、わ。何すーー」 慌てるカースを、リンデルは優しくベッドの中央へと下ろした。 ああ、そうだった。とカースは思う。 ベッドがそもそも、このテントには一つしか用意されていないし、それもこんなに大きい。 それはつまり、あの従者さえもが、こうなる事を許しているという……。 ぐるぐると考えを巡らせるカースの服を捲り上げ、リンデルはその胸へと指を這わせる。 何度も優しく撫でられて、男が恥ずかしそうに目を逸らした。 「恥ずかしい? 灯りを落とそうか?」 柔らかく気遣われて、男がさらに頬を赤くする。 「俺は、カースのそんな顔、もっとよく見たいけど……」 そう言いながら、リンデルは男の額、こめかみ、目元、頬へと次々に唇を寄せる。 「耳まで、赤いね」 耳元でそう囁かれて、男が肩を揺らす。 「……っ、誰の、せいだと……」 男の小さな言い訳に、リンデルはふわりと微笑む。 「俺のせい?」 「っ……」 さらに頬を染めて言葉に詰まる男の首筋へ、リンデルは顔を埋める。 「じゃあ、俺が、ちゃんと責任取らないとね」 くすくすと笑うように囁くリンデルが、男の首筋へと舌を這わせる。 同時に、すっかり立ち上がった胸の突起を両手でそれぞれ弾いた。 びくり、と男の腰が浮きかける。 同じように繰り返し刺激され、必死で息を殺していた男が小さく喘ぐ。 リンデルが男の耳へと舌を入れる。 ぞくりと這い上がる感覚に、男が身を震わせた。 「っぁ……っ」 「カースの声、もっと聞かせて?」 「お前……っ、どういう……っ……」 荒い息の合間に、潤んだ瞳で睨まれて、リンデルがあどけなく首を傾げる。 「どうって……。カースに気持ちよくなってほしくて……」 「俺に……入れる気か……?」 「ううん。俺、準備してあるよ」 リンデルが何故かエヘンと胸を張ってみせる。 そんな仕草すら可愛らしく見えて目眩がしそうな男が、なんとか息を整えながら言う。 「じゃあ……お前が先に……気持ち良くならないとだろ?」 リンデルはふるふると首を振った。 「俺は、カースとこうしてるだけで十分気持ち良いよ。それに……」 「それに?」 不意に表情を翳らせたリンデルに、男が先を促す。 「……カースは、腕が……」 「はっ。そんな事気にしてんのか」 カースが苦笑する。 「お前は、相変わらずだな」 笑われて、困った顔のリンデルが小さく首を傾げる。 「相変わらず、自分の事より人の事ばかり……」 小さく呟いた男の声は、リンデルに届いたかどうかは分からない。 けれど男は、そんな青年をこそ愛しいと思う。 そして、その性質ゆえに、この青年は勇者と呼ばれる存在になったのだと納得した。 不意にカースが膝を上げる。 男の上に覆い被さっていたリンデルが、膝を当てられてびくりと腰を浮かす。 カースが左腕を伸ばしてそれを撫でる。 それは既に熱を持ち、服の中で窮屈そうにしていた。 カースは、片手で器用にリンデルのズボンを下着ごと下ろす。 「……っ」 リンデルが、焦るように小さく息をのんだ。 「立派に成長したもんだな」 男の揶揄するような言葉に、少年がカアッと頬を染める。 「お前、忙しそうにしてるもんな。随分溜まってんじゃないか?」 指先で、輪郭を確かめるようにそっと撫でながら、男が言う。 からかっているのか、それとも心配してくれているのか、リンデルはカースの真意を汲めないまま、コクリと素直に頷いた。 振った首をゆっくり持ち上げながら、リンデルはじっと潤んだ金色の瞳で男を見つめる。 期待に満ちた眼差しに求められ、男は目を細めた。 「リンデル……」 名を呼ばれて、青年は嬉しそうに身を擦り寄せる。 「カース……。ずっと……会いたかった……」 「俺もだよ」 応えた男が、左腕と僅かに残った右腕で力強く抱き締めた。 「っ……寂しい思いをさせて……、本当に、悪かった……」 苦しげに謝罪する男の、声が僅かに震えている。 「ううん、違うよ。カースのおかげで俺は今、こんな風に暮らせてる。  最初に俺達を助けてくれたのもカースだし、あの時、俺達にちゃんと生活していける場所をくれたのも、やっぱりカースなんだ」 「……リンデル……」 「だからどうか、悔やまないで。俺はカースに感謝してる。恨んだりなんて絶対しない」 「……っ」 男が言葉を失う。 分かっている。リンデルが俺を恨まないことなんて。 どんなに淋しかったか、どんなに辛かったか、俺に言わないだろうことも。 だが、それと同時に、男はもう分かっていた。 この数日のリンデルの様子から、彼が自分と引き離されてどれだけ苦しんでいたのか。 どれほどに、埋められない淋しさを抱えていたのか。 「リンデル、俺はもう、お前の前から勝手にいなくならないと約束する」 それが、男にできる全てだった。 「本当に……?」 不安そうに尋ねられ、男は胸の痛みに耐える。 「ああ。誓うよ」 「カースは神様とか信じてないでしょ?」 「お前に誓うよ。リンデル……」 男が、誓いを込めて口付ける。 目を閉じて、それを受け入れるリンデル。 静まり返ったテントに、遠くから夕飯を共にする隊員達の声が微かに届く。 ロッソはきっと、外で食べているのだろう。 机の上に置かれたままの食事からは、もう湯気はのぼらなくなっていた。 お互いの鼓動がお互いの耳に、小さく、けれど確かに響く。 二人は、相手の生きている音をただ静かに聞いていた。 ずいぶん長い間だったような、それでも、今まで離れていた時間に比べればほんの一瞬ほどの口付けを交わして、そっと目を開いたリンデルの金の瞳を、森色の瞳が優しく見つめる。 「そっちの目は、ずっと隠してるの?」 「人里じゃ、目立つからな」 「そっか……。そうだね」 しょんぼりするリンデルに、男は苦笑して布を解く。 「お前の前でだけは、外しておくよ」 「いいの?」 「人には言うなよ」 「分かってる」 ちょっと口を尖らせて答えるリンデルに、男が笑う。 「ははっ、そうだよな。もう子どもじゃないもんな」 リンデルは、男の少し萎えたそれを、そっと両手で包んだ。 優しく扱かれて、徐々に男の物へ熱が戻ってくる。 「……そうだよ。もう、子どもじゃないから……」 そう囁いて、リンデルは男を覗き込む。 男の空色の瞳に、自分の姿が映っている事を確認すると、青年は妖艶に微笑んだ。 「俺の、ここも、もっといっぱい……入るよ」 艶やかな金の微笑みに目を奪われた男の手を、リンデルはそっと取り、自身の中へと誘う。 誘われるままに、カースはリンデルの窪みへと指先を伸ばす。 あの頃よりずっと厚みのある身体は、時を経ただけでない、毎日の鍛錬の賜物なのだろう。 それでも、カースに負担が無いよう、リンデルがカースの頭に抱きつくようにして体勢を変えていたので、カースは腕を無理に伸ばさずとも、そこへ触れる事ができた。 「……んっ」 ゆるゆると入口を撫でていた男が、指先を立て、侵入し始める。 体格は大きくなっていたが、筋肉がついたせいか、そこは男が思ったよりもキツかった。 「……っ、ふ……っ」 声を抑えて、時折息を漏らすリンデルに男が囁く。 「痛かったら、すぐ言えよ」 「う、ん……だいじょ……ぶ……」 ふるる、と小さく震えたリンデルの胸が目の前にある事に気付いた男が、短い方の腕で器用に服を捲ると、舌を伸ばしてそれを舐めた。 「ふわぁっ」 驚いたのか、リンデルがびくりと体を揺らす。 その拍子に指先がぐいとリンデルの腹を内から押す。 「ぅぁっ……」 その声が思ったよりも甘く響いて、男はホッとする。 二本目を入り口に添えると「もう一本、入れるぞ」と告げる。 「ぅん……」 男の頭の上でこくりと頷くリンデルに、ゆるゆると二本目を侵入させる。 「ぅ、ぁ、……ふぁ……」 荒い息の合間に、リンデルが一枚残っていたシャツを脱ぎ捨てる。 「何だ、もっとして欲しいのか」 男の問いに、恥ずかしいのか無言でコクコクと頷くリンデル。 「可愛いやつだな……」 と男は小さく囁いてから、リンデルの胸の中、先程の刺激で立ち上がっているそれへと舌を這わせる。 「ふあ……、あっ、……うぅん……っんんっ……」 切なげに、肌を桃色に染めて、もじもじと身を捩るリンデル。 後ろもゆるゆると動かしながら、男は三本目をあてがった。 ずずずと進む三本目の侵入に、リンデルの息が荒くなる。 「ぁ、ん……ぁあんっ」 愛らしい嬌声に、男が口端を緩ませる。 「お前は相変わらず、可愛い声で鳴くな」 「カース……名前で、呼んで……」 「ああ、リンデル……。可愛いよ……」 ぐちゅりと音を立てて、男の指が蠢く。 「ふ、あ……っ」 びくりとリンデルの腰が跳ねる。 卑猥な水音を響かせながら、男がその指を徐々に大きく揺らす。 「あっ、は……っ、あっ、ああんっ」 奥へ奥へと食い込んでゆく男の長い指に、リンデルはぎゅっと男の頭にしがみついた。 「リンデル、気持ちいいか?」 「んっ、いいっ……っ気持ち、いいよ……っ、カースの、指、とっても……っ、きもち、い……」 上擦る声で、切なげに答える青年の、奥へと挿し込んだ指を男がじわりと曲げる。 「あぁあっ、やっ……っそこ、あっ、気持ち、い……いぁっ、ああっ、やあああんっ」 ぐりぐりと押され身を捩ったそこを、さらにトントンと刺激され、青年はビクビクと痙攣した。 「あっ、……や、ん……だっ、だめっ、そこ、そんな……あぁぁん、やぁ、ん……」 じわりと目尻に涙を溜めて、ふるふると首を振る青年。 「まって……ああぁ、カース……、まっ……て……お願っ……っ」 息も絶え絶えに訴えられて、男は動きを止め、尋ねた。 「……どうした?」 「は、……ぁ……」 肩で息をするリンデルが、必死に息を整えながら、口の中に溜まった唾を飲んで言う。 「カースの、服、汚れちゃ、う、よ……」 「……そんな事か」 あの頃まだ未精通だったリンデルが、そんな心配をしてくる事がなんだかくすぐったい。 男が苦笑を浮かべて、名残惜しそうに指を抜くと、リンデルが小さく声を漏らす。 男が片腕で器用に服を脱ぐのを、リンデルは邪魔にならないよう避けながら、じっと見ている。 「ごめん……。カースの指だと思ったら、なんか……気持ち良すぎて、俺……」 頰を染めたままの潤んだ瞳で、申し訳なさそうに謝る青年を、男は素肌に抱き寄せる。 「あんまり可愛い事言うなよ、我慢できなくなるだろ」 男が、熱い吐息と共に青年の耳元で警告する。 低く囁かれて、小さく肩を震わせたリンデルがそっと顔を上げる。 「……我慢、しないで?」 ちゅ、と音を立てながら、リンデルは男へ口付けの雨を降らせる。 「俺の中に……カースの、入れてほしい……」 ごくりと男が喉を鳴らしたのを、了承と受け取ったのか、青年は潤んだ瞳を細めると、嬉しそうに男のものを自身にあてがった。 「入れてもいい?」 「ああ」 律儀に声をかける青年に、男が頷く。 同意をもらえたのが嬉しくて、青年はふわりと微笑む。 「ん……、あ……んんん……っ」 眉を寄せ、息を細く吐きながら、リンデルが男の上へ腰を落としてゆく。 ズブズブと肉を割く感触が、男へ直接伝わる。 「ああ……、リンデルの中、あったかいな」 小さく息を吐き、男が言うと、青年も 「カースの、熱くて、とっても……気持ちいいよ……」 と、うっとりした表情で囁く。 「俺もだ」 短く同意され、リンデルは「嬉しい……」と囁きながら男に口付ける。 男の舌に優しく口内を撫でられて、リンデルは手探りで男の胸を愛撫しながら腰を揺らし始めた。 「ん、あ、う……ああ、っ」 見る間に、桃色だった青年の頬が真っ赤に染まり、耳や首元へと広がる。 「あ、ああ……ダメ、かも……、俺っ、カースの、良すぎて、すぐイっちゃいそう……っ」 焦りを浮かべて、リンデルが告げる。 それでも、ゆるゆると動く腰は止まらない。 「ん、あ……あっ、ああ……っ」 「何度でも付き合ってやるよ、遠慮なくイけ」 言葉と共に、男が下から突き上げる。 「ぁあああっ!!」 嬌声を溢す口の端から、とろりと雫が垂れる。 「ふ、ぅ、あ……っ、ん……んんっ。」 突き上げる度に溢れる甘い声色が、男の耳から脳までをじんじんと痺れさせる。 「ぁ、……も……イ、イク……イっちゃう……」 高めの声がさらに上擦って、限界を間近に感じる。 「う、ぁ、あ……っっ」 ビクビクと小さく震えるリンデルが、ぎゅっと男にしがみつく。 男は眉間に深く皺を刻み、その背を支えながら力強く突き上げる。 「あっ、あ……、あああああああああああああっ!!!」 金の瞳が見開かれる。 ビクンと大きく跳ねる身体に、涙の雫が宙を舞った。 男の腹に熱い液体がぼたぼたと降る。 内側で締め上げられて、男は目を閉じると小さく呻いた。 「っ、ぅ……」 男が動きを止めると、室内はシンと静まり返った。 はぁはぁと、男の耳元でリンデルの荒い息だけが聞こえている。 男がその背を、髪を、ゆっくりと優しく撫でる。 しばらくビクビクと時折身体を痙攣させていたリンデルが、ふにゃっと表情を緩ませる。 「……ふ、ぁ……気持ち、い……」 余韻を味わうような恍惚とした声に、男が苦笑する。 「まだ、足りないだろ?」 言って男はリンデルの首筋を舐める。 「ん……っ」 ぴくりと肩を震わせたリンデルの胸へと男は手を伸ばす。 まだピンと尖っているそれを、指先でぐりぐり捏ね回されて、リンデルが身を捩る。 「ぅ、ん、……んんっ」 「確かに、片腕じゃ不便だな」 男がポツリと漏らす。 「両腕あれば、同時に弄ってやれるのにな」 冗談っぽく笑って言う男に、リンデルが愛しげに口付ける。 「カース……」 「なんだ?」 「好き……」 「ああ」 「大好き……」 「分かってるよ」 「カースは……?」 「あ?」 「カースは、俺の事、好き……?」 「そんなん決まって…………」 そこまで言って、男は気付く。 あの頃も今も、まだ自分は一度も、リンデルへ気持ちを告げたことが無かったのではないだろうか。 自分が貰うばかりで……。 「……っ」 男が後悔を滲ませて、息を詰める。 「カース……?」 そんな男に、リンデルが不安そうな顔を見せる。 「違うんだ、リンデル」 「……違うの?」 「いや、違わない! 俺は、俺はお前の事が………………っ」 「俺の事が……?」 「す…………す………………っっ……っ」 顔を真っ赤に染めて、そこから先が口にできない様子のカースに、始め期待を浮かべて待機していたリンデルが、我慢できずにクスクスと笑い出す。 「い、いいよ、カース。ごめん。無理しなくていいから」 「……リンデル……」 なぜか絶望を浮かべているカースへ、リンデルが優しく口付ける。 「大丈夫、俺も分かってるよ。ただちょっと、聞きたくなっただけ……」 苦笑するリンデルがほんの少し淋しげで、男は胸が苦しくなる。 「すまない……言い慣れてないだけで、その……」 「うん。分かってるよ。俺の方こそ、ごめん」 「謝らなくていい。……お前は何も悪くない」 男が、慰めるようにリンデルの髪を撫でる。 「じゃあ、カースも謝らないでね?」 「…………分かった」 男が渋々頷くのを見て、リンデルがまたクスリと笑う。 無邪気で愛らしい、まるで天使のような笑顔だと、男は思う。 けれど、その天使のような青年は、男の上で金の髪を揺らして腰を振り始めた。 大方、男が後悔に駆られて萎えたのを気にしたのだろう。 「ん……、ぅ……」 自身で起こした刺激にじわりと頬を染めてゆく青年を、カースはじっと見つめていた。 「……は、……ぁ…………カース……?」 「なんだ?」 「……っ……あ、あんまり、……見ないで、恥ずかしいよ……」 金色の髪が揺れ、恥ずかしげに顔を逸らす。潤んだ瞳を金色の睫毛がそっと隠す。 「……リンデルは本当に可愛いな」 男が愛しげに囁く。 カァァと音がしそうなほどに、リンデルが耳まで真っ赤に染める。 男が熱を取り戻したそれで愛を込めて貫くと、男の上で青年は愛らしく喘いだ。 「あっ、あぁあ……ぁあんっ。ん……あっ、あああん」 ガクガクと下から突き上げられて、リンデルはカースの肩に縋り付く。 「ぅぁ、あ……気持ち、いい……よ……っ」 熱い吐息が、男の肩に降る。 「はぁ、あぁ……、カース、も、気持ち、い……?っ、んんんっ」 蕩けるような声で問われて、男の下腹部に熱が集まろうとするのを、男が息を吐いて堪える。 「ああ」 短く答える男は、それを口に出来ないほどには追い詰められていた。 「ねぇ……カースも……っあっ……いっしょに……イこ?」 囁いて、リンデルが男の唇を奪う。 突き上げるたびに口内に響く甘い声が、男の理性を灼く。 一筋の銀糸を残して離れた青年が、潤んだ瞳で覗き込んで可愛らしくねだる。 「俺……、んっ……カースの、注いで、欲し……い……」 言われて、男がピタリと動きを止めると、熱を吐き出すように大きく息を吐いた。 「そう煽るなよ……。俺はお前と違ってもう若くないんだ」 「?」 金色の瞳が不思議そうに見つめ返す。 「これでも、お前が満足するまで、って、我慢してんだ」 「我慢……しないで……?」 リンデルが、男へ愛しげに口付ける。 舌を挿し込んでくるリンデルに、男が声を上擦らせた。 「っだから……っ!」 リンデルは、離れようとする男の頭を抱き寄せ、強引に口を塞ぐ。 「っ……ん……んんっ」 テントに二つの水音を響かせながら、リンデルは自ら腰を振った。 「ん、んんっ……ん゛ん゛っ……ゔ……、んん……っ」 くぐもった声が、お互いの口内へ響く。 徐々に激しくなる動きに息苦しくなったのか、リンデルが耐え切れず口を開くと、飲み込みきれなかった唾液と共に嬌声が溢れた。 「あぁあっ、あぁん、あっ……んんっ、あぁ……気持ち、いぃ、よ……ぅ……」 真っ赤に頰を染めて、男の肩にすりすりと顔を擦り付けながら、昂りを抑えられない様子で訴える声に、男の灼き切れそうな理性が悲鳴を上げる。 眉間の皺を深々と刻みつつ、男はリンデルの腰をぐいと引き寄せ、角度を変える。 「あぁあぁぁぁんんっっ、そ、そこ……気持ち、い、あっ、やっ、だめっ、あんっ、イ、イっちゃう、よ、ああんっ、また、イっちゃう…………ぅっ……」 ぶるぶると体を震わせて、リンデルがめくるめく快感にぎゅっと目を閉じる。 「ふ、ぅ、ぁああぁぁぁあああぁぁぁあっっっーー……!!」 びゅくびゅくと、男の腹へまた白濁した液体が撒かれる。 リンデルの声が途切れ、しんと静まり返るテント。 まだ時折、リンデルの腰が痙攣するようにビクンと跳ねている。 「……カース……カースぅ……っ」 泣き声のような、細い声をなんとか絞り出しながら、縋り付くリンデルの頭を、男がそっと撫でる。 「俺……だけじゃ……淋し……よ……」 震える肩で大きく息を継ぎながら、リンデルが訴える。 金色の瞳からは、ぼろぼろと涙が零れていた。 「カースの、が……ナカに……欲し……のに……」 泣き出してしまったリンデルを、男が少し困った顔で、愛しげに撫でた。 「泣くなよ……」 「だって、カースが……っっ」 悲しげに眉を寄せるリンデルの言葉を、男の唇が遮る。 男がリンデルの腰に手を添える。角度を合わせ突き上げると、ぐちゅりと音を立てて、それはリンデルの最奥へと刺さった。 「あぁああああっ!!」 男は、自身をさらに締め付けてくる感触を味わいながら、そこを責め立てる。 体は大きくなっても、感じる部分は変わらないらしい事に、男が口端を上げる。 「あ、ぁぁああぁっ、ま、まだ……だ、めぇ……っっ」 きゅうきゅうと締め付けるリンデルの中を荒く掻き回すと、ぎゅっとリンデルが男にしがみ付いてきた。 「ぅ、……ぁ、おかしく、なっちゃ……ぅ」 震える唇から溢れる、あの頃と変わらない言葉に、男は愛しさを堪えきれず囁いた。 「リンデル……愛してる……」 ハッと見開いた金の瞳を、嬉しそうに細めてリンデルが応える。 「ぁ……俺、も……愛してる、よ……カース……」 二人は見つめ合い微笑んで、口付ける。 口元を緩ませた男が一層激しく突き上げ、青年は銀糸を引いて仰け反った。 「あっ、あああっ、ぁあぁぁぁあああああンンッっ!!」 「……っぅ」 男の表情が嶮しくなる。 「は、あっ。カースの、おっき、く……っっんんんっあああああっっ!」 熱く膨張したそれに、ごりごりと音がしそうな程に奥を突かれて、悶え狂うように揺さ振られる金色の髪。 一際大きく突き上げた男がピタリと動きを止めると、リンデルがビクンと大きく跳ねた。 「あ……っ、熱い、のが……んぅ。ぁああぁぁっ……っ、いっぱ、い……」 それに呼応するように、リンデルのそれからも白い液体が溢れる。 「……これが……欲しかったんだろ?」 男がぜぇぜぇと肩で息をしながらニヒルに笑う。 男の上で、リンデルはうっとりと目を細めて、体内に広がる熱を一滴残らず飲み込もうとするかのように、筋肉の収縮を続けていた。 「ふ……ぅ……ぅん……」 ビクビクとまだ痙攣の続く体を男にそっと寄せて、リンデルは幸せそうに目を閉じる。 「ずっと…………、ずっと、欲しかった……カースが……」 少しずつ息を整えている青年の髪を、男が優しく撫でる。 「俺も結局は……ずっと……お前に囚われたままだったな……」 「……?」 ぱちくり。と音が聞こえそうな金色の瞬きに、男が小さく苦笑する。 「目を閉じるといつだって、お前の金色がチラつくんだよ」 男が静かに閉じた瞳を、またゆっくりと開く。 空色の瞳が闇に煌めいて、リンデルはその艶めいた空に心奪われる。 「……お前を忘れる事は、ついに一度も出来なかったな……」 男の空色に後悔の影がかかるのを、リンデルはどこか信じられない気持ちで見た。 「……カース、俺のこと忘れたかったの?」 「忘れられるもんなら、な……」 「……忘れたかったんだ……」 悲しそうに呟く青年を、男が宥めるように撫でる。 「結局俺は、お前の事だけは、捨てられなかったんだ……。……あんなに全部、投げ捨ててきた癖に、な……」 と、後半はほとんど聞こえないくらいの声で男が呟く。 「まだ今も、俺の事忘れたい……?」 不安そうに尋ねられて、男は「まさか」とリンデルに微笑む。 「もう、ずっと前に決めたんだよ。お前の可愛い姿は、俺が死ぬまで、俺だけが覚えておくって」 優しく口付けられて、リンデルは少し安心した顔になる。 「まさか、お前が俺の事を忘れきってなかったとは、思わなかったけどな……」 苦笑してみせた男が、また後悔に呑まれそうになるのを、リンデルが引き上げる。 「俺は、絶対、カースのこと忘れたくなかったから!」 驚いたように瞳を開く男に、リンデルは極上の笑顔を見せる。 「カースに、どうしてもまた会いたかった」 ニコッと微笑まれて、男が息をのむ。 「会えて、すごく嬉しい!」 ぎゅっと抱きつかれて、男が苦笑する。 「本当にお前は……」 ---------- 翌朝、勇者を起こしに来たロッソが見たのは、部屋で一人佇むリンデルの姿だった。 「勇者、様……?」 あの男はどうしたのかと、尋ねて良いのかすら分からない。 何せ、あの男は特殊な力を持っていた。 もしかしたら、勇者様はまた……。 「ああ、ロッソ、おはよう」 くるりと振り返った勇者は、ほんの少しの影を残しながらも、毅然とした勇者らしい顔をしていた。 じっと身動きできずに固まっているロッソを見て、リンデルが僅かに苦笑する。 「カースなら、あの村に帰ったよ」 「よ……よろしかったの……ですか?」 珍しく動揺を露わにしている従者に、リンデルは淋しげに笑って答える。 「本当は、ずっと傍にいて欲しかったけど。カースが、駄目だってさ」 「一体、何故……」 あんなに、お互いを求め合っていて、それでどうして……と、ロッソは湧き上がる疑問を抑え切れずに聞き返す。 「俺が勇者らしくなくなるのが、俺にとって良くないって言われたけど……。俺、そんなに駄目な顔になってたか?」 「それはもう」 「え、外でも?」 「緩んでましたね」 真顔でバッサリ即答してから、ロッソは内心で付け足す。駄目な顔ではなく、幸せそうな顔をしていたと。 「う……、そうか……。それは確かに不味いな」 呟いて、鏡を覗き込む彼の姿は、既に十分に歴代勇者のそれだった。 結局、この勇者はまた、自身の幸せより他人の幸せを取ったのだ。とロッソは気付いて、正しい行動を選べた主人に対する誇りと共に、それを捨てなければならなかった事への無念を想う。 あの男は、ここまでついて来て……いや、連れてきたのは私だが、これで本当に良かったのだろうか。 と、一瞬考えて、あの夜、何も告げずに去る事を選んだ男の後ろ姿が過ぎる。 そうだ。初めからあの男は、リンデルが勇者であり続けられるよう。いや、彼が彼らしく幸せであれるよう願っていた。 「カースが、腕を捨ててまで、俺を勇者にしてくれたんだ。ちゃんと最後までやり通して見せないとな」 リンデルは思う。 最終的にカースが失ったのは腕だったけれど、それは結果としてそうなっただけで、おそらく、彼はあの時自分達のために全てを捨てていたんだ……。 カースの腕が、隊長の足が、勇者である自分を支えている。 それを裏切る事は、何より自身が一番許せなかった。 リンデルの決意の籠もった声に、ロッソは勇者の横顔を見上げる。 その金色の瞳が、ほんの少しだけ淋しそうに瞬いた。 今のリンデルを形作っているものに、どれだけ彼が関わっていたのか、ロッソには窺い知れなかったが、その影響が多大である事は間違いない。 資料には、七歳で両親を魔物に殺され、その後三年間は盗賊団に囚われていたとだけ記載されていたが、三年間をただ牢で過ごした訳ではなかったのだろう。 資料には何一つ残っていなかったが、両親も暮らしも失った彼を、支え、教え、導く者がいたのだ。 だからこそ、リンデルは優しくまっすぐに育った。 ロッソは静かに目を閉じると、今はもうこの場に居ない男へ、心からの感謝を捧げる。 ふと、眼裏に浮かんだ一人きりの後ろ姿に、不安を感じたロッソが訊ねる。 「村まで、護衛も無しにお一人で……良かったのですか?」 「ん? ああ、カースは大丈夫だと言ってたから。心配しなくていいよ」 「……勇者様がそう仰るのでしたら……」 爽やかに笑顔を返されて、ロッソがその信頼に気圧される。 リンデルは、元々素直な性格ではあったが、ことあの男の言う事はよく聞く。 それは、あの男がリンデルにとって第二の親のような物だったからなのかも知れない。とロッソは考える。 そう思うと、なぜかロッソは心が軽くなったような気がした。 「彼の、本当のお名前はなんと仰るのでしょうか」 気が緩んだ従者が、ふとこぼした疑問に、勇者がピタリと動きを止める。 「本当の……名前……?」 その反応に、ロッソが変わらぬ表情のままで焦りを浮かべる。 「そうだよな……。カースは、偽名だよな……」 勇者が、今初めて気が付いたという様子で、愕然と呟く。 従者が固唾を飲んで見守る中、リンデルは、くしゃっと笑うと少しだけ悔しそうに溢した。 「俺はまだまだ、カースの事を知らないんだな……」 落とした視線をスッと上げて、リンデルがロッソを見る。 「あの村の近くを通るときには、また寄ってもいいかな」 「ええ、そのように調整致します」 ロッソは、リンデルの心が安定している事に内心大きく安堵する。 「ありがとう」 優しく響く声に、ロッソはリンデルの顔を改めて見つめた。 ほんの数日で、より大きく温かく広がった彼の心が、金色の瞳から窺える。 そこには、先週までの思い詰めたような、何処か何かを諦めてしまったような暗い影はもう見当たらなくなっていた。 まだ二十代にも関わらず、貫禄のようなものさえ感じさせるその佇まいに、ロッソは心酔する。 任期は残すところ五年だったが、叶う事ならば、この方に生涯を捧げたいとさえ願ってしまう。 この青年には、そう思わせるだけの何かがあった。 「ロッソ……?」 心配そうに声をかけられて、従者は緩んでしまった……と言っても、傍目にはほとんど変わらないままの表情を引き締める。 「いえ、本日のスケジュールを確認致しましょうか」 そう言って、従者はいつも通りに手帳を開いた。

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