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第1話

 目の前のオババは水晶をみつめて、さっきからずーっと唸っている。  この街で定食屋を営む君津(きみつ)シオリは、起床してコンビニに繰り出した帰り、占いの館前で呼び止められた。 「ババア、んで何が出たんだよ」 「……ババアって言わないで。末代まで祟るわよ」 「うわ…………冗談に聞こえねーんだけど。ごめんよお姉さま」 「よろしい」  由来はよく知らないが白麗(びゃくれい)と呼ばれている彼女は、びっくりするほどの厚化粧にマリーアントワネットも真っ青のブロンド巻き毛。  つけまつげは三段重ねで目尻にピンクの羽根とスワロフスキーが付いていて、まばたきするたびにこちらまでそよ風がくる。  名前から連想できるとおり、何万年生きているかわからない風貌だ。みてくれはそれはもう怪しいのだが、その占いはよく当たるので遠方からもひっきりなしに、悩める女性がやってくる。 「シオリちゃん…………運命の出会いがあるわよ」 「おっ……いよいよ生涯の伴侶か? ムキムキマッチョなんだろうなぁ」 「……マッチョではないわね。でも不思議なの。普通ここまで印が強くでているなら、それこそあなたのいう伴侶レベルなのだけれど……」 「どういうこと?」 「よく、わからないわ。今まで見てきた中では、例のないものね。だけど一生を左右するような相手なのは間違いないわ」 「へええ……そりゃ、うれし……」 「まだ喜ばないでっ!」 「へ?」  白麗は真剣な面持ちでシオリの手を掴んだ。しわしわで温かい手が、わずかに震えている。 「縁というものは、いいものばかりじゃないのよ。この出会いはまだ吉なのか凶なのかわからない。それに、あなたたちふたりだけじゃなく、周囲を巻き込む大嵐になるわ…………」 「またまたあ……大げさだな」  ばかばかしい――と吐き捨ててしまいたい。  そんなくだらないことと、占ったのが白麗じゃなかったら、シオリだって一笑に付していただろう。実は芸能界で長年君臨する猛者や、はては永田町の怪物と呼ばれる人物までが密かに白麗詣をすると言われている程の実力だというのを、シオリは幼い頃から祖父に繰り返し聞いて知っていた。 「よくない出会いってことなのか……?」  それが三ヶ月前のこと。ずっと続くかに思えた、平穏な商店街の退屈な日常が変化する兆候だった。

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