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第2話
◇◇◇◇
この街は、平日と休日の境目があまりない。
JRの駅を中心に、南北へ放射状に伸びるいくつもの商店街のうちのひとつ、光苑寺白面 商店街にある「キッチン君津」もその例に漏れず、本日水曜の夜もいつも通り、そこそこの客入りだ。しかし先程からテーブルの一画だけ空気が物々しい。
「ちょっと、ソース飛ばさないでよっ!」
「だからわざとじゃねえって言ってんだろっ」
「言い訳してないで素直に謝んなさいよ」
「そもそもおめーが食うのおっせえからだろ、このブス」
「なんですって!? 言ったわね、このくされ○ンカス野郎!!」
常連である年若い小柄なパンク青年と、これまた小柄なゴスロリ少女(成人はしているそうだ)は、いわゆるケンカップルってやつみたいで、顔をつきあわせれば些細なことでバトルが始まる。今日だって今にも取っ組み合いを始めそうな状態だ。なんで別れないんだろうと不思議だが、同じやりとりを店のオープン以来ずっと見ているので、結局相性はいいのだろう。
周りの客ももう慣れたもんで、まるで気にせず食事を続けている。カウンターでチキンカツ定食を食べていたオタク風のお兄ちゃんは、イヤホンを取り出して音楽を聴き始めた。
確かにゴスロリの彼女はかわいいサイズのお口だから食べるのが遅い。その割にはよく食べるから余計に時間がかかる。でも毎度のことだしいい加減慣れてあげりゃあいいのにと苦笑する。
「もうおめえにはほとほと愛想が尽きた。もう一緒には住めないな」
「あら? 出て行くなら家賃立替分、精算してからにしてね……ったく、折半の約束だったのに、全然守らないんだから」
「うっ……」
「今日はお兄さんの負けみたいですね」
「ああん?」
メンチを切るパンク青年にも怯まず、高校生バイトの長良 リョータが間に入る。倒れたソースのボトルを取り替え、台ふきできれいにテーブルを拭いた。
「さ、けんかしてないで、あったかいうちに食べちゃってくださいね」
「お……おう……」
「リョータくんごめんね、うるさくして」
飄々としたリョータの態度に、ふたりは毒気を抜かれてしまったようだ。まあ、これもいつものこと。
ちょっとした騒ぎが落ち着いた頃、再び扉が開いた。
「おっ……活きのよさそうなのが来たな」
シオリが目尻を下げると、向かいで料理ができあがるのを待っていたリョータがあからさまに嫌な顔をした。
「公私混同だっつーの……」
「なんか言ったか?」
「別に。いらっしゃいませ」
やってきたのは厚い胸板と肩の筋肉が盛り上がった男性たち四人。近くの私大は柔道部の活動が盛んで男子寮もあるため、店にはこのような体格のいい男子がよくやってくる。
「わあ……めっちゃいいニオイするんだけど!!」
見覚えがないからあまり来たことがないか、初めての学生だろう。キッチン君津の大盛りメニューのボリュームは、彼らの界隈では有名だ。
彼らがメニューとにらめっこしてやっと決めた、ミックスフライ定食とアジフライ定食、それに生姜焼きにハンバーグ定食。
揚げ物を油に投入している間、シオリはフライパンを忙しく振った。
フロアにいたリョータも狭い厨房に入ってきて、人数分の白米と味噌汁を盛り付け、トレーに乗せる。それぞれの揚げ物を終えて、あらかじめ用意してあったキャベツとトマトのサラダの脇に盛り付けトレーに乗せると、リョータがそれを二回に分けて運んだ。テーブルでは歓声があがる。
シオリが定食屋の店主になって一番よかったと思う瞬間だ。
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