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第3話
シオリは黒い根元が目立ち始めた金髪で、仕事中は前髪をカラフルなゴムで結っている。たまに女性のお客さんがふざけてプレゼントしてくれた、女児がするような飾りのついたピン止めの時もある。180cmオーバーの長身で一見細身に見えるが、Tシャツの下はしなやかな筋肉がついている。運動もしないくせに。
ギリギリ二十代。実は相当な男前なのだが、趣味の悪い髪色とヘアスタイルが台無しにしている。服にも無頓着だ。それでも昔はモデルにならないかと声をかけられたことがあるとかないとかいう噂もあるが、シオリ本人はまったく意に介さない。
鼻の下が伸び放題のシオリの視線は、新しい客がやってこないのをいいことに、相変わらずテーブル席の客に注がれている。そのうちのひとりは食べているうちに暑くなったのか、シャツを脱いでタンクトップ姿になり、食事を再開した。
「シオリさん、よだれ! たれそうですよ」
気付けばリョータが渋面でシオリを見上げていた。まだ幼さすら残している少年が、小声で店主であるシオリを叱るのも恒例だ。
「ん? ああ……だってあのカッコ。サービス精神旺盛だと思わなーい?」
「別にシオリさんにサービスしてるわけじゃないでしょ。だいたいあの人、晩秋だっていうのにタンクトップなんかになって、どうかしてます」
「かわいくないわねぇ。あっ……やっだ、もしかして、リョータアタシに妬いてるの? うっそ、かーわーいーいー」
「やめろそれ! このビジネスオカマがっ」
だがそんな小競り合いもこの店では日常のことらしく、こそこそとつつき合う店員ふたりに注意を払う者はいない。カウンターに座る常連のサラリーマンも、四人席に席でいつも並んで座るバンドマンと不思議少女のカップルも、まったく意に介さない様子で食事を続けている。
それでも言い争いがヒートアップして多少声が大きくなったせいで、タンクトップ姿の学生は、自分が話の中心にされていたことに気付いたみたいだ。
先程までの食欲はどこへやら、居心地悪そうにもじもじとし始めた。シオリを完全に意識し始めている。
もちろんシオリは、もの言いたげな視線には気付いていているが、今はそういう気分じゃない。
「お兄さん、食べる手が止まってるよ」
「あ……はい、すみません!」
「いい男オプションでせっかく大盛りの盛り盛りにしたんだから、おいしく食べてくれよ」
「は、はいっ!」
ウインクしたシオリに、真っ赤になった大学生はコクンと頷いた。
「うち、夜なのに日替わりランチもやってるからさぁ……すごいでしょ? またいつでもどうぞ」
「すっごくおいしかったです!! 絶対また来ます!」
「ありがとな」
程なくいつも通りの空気になった店内では、天井近くに備え付けられたテレビのお笑いネタ番組の音が響いていた。
「よかったんですか?」
例の大学生のグループが会計を済ませて出て行くと、リョータがそっと話しかけた。
「なにが?」
「さっきの筋肉バ……じゃなくて、タンクトップの大学生。そんな反応悪くなかったと思うんですけど……シオリさんが好きな、そっちの人だったんじゃないですか?」
「ばーか」
「ちょ! 何するんですか」
シオリが頭をがしがしとかき回したので、リョータは慌てて髪の毛を直した。高校生にとって髪型は死活問題なのだ。
だが、会計の時だって彼はずっとシオリを気にしていた。あわよくばまた話しかけたいという雰囲気を隠そうともしていなかったのに、シオリはそれを終始きれいにスルーしていた。
「ああいう子は観賞用。離れたところから愛でてるくらいがいいんだって」
「……よくわかんねえな」
「お子ちゃまにはわからなくっていいんだよ」
リョータはなんだか腑に落ちない顔をしている。
真性の同性愛者であるシオリはいかつい男の子が好みで、しかもそのいかつい男の子を啼かすのが趣味だ。
先程の大学生は、シオリのあからさまな視線にも不快感を示すことはなく、それどころか赤面までしていた。シオリが日頃公言している好みに合う男性であることは高校生であるリョータにだってわかるくらいだったのに。
肝心なところでつかみ所がなくなるこの店主に、リョータはもやもやするらしく、シオリが上機嫌になればなるほど、いつにも増してとげとげしくなるのだった。
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