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-After Film- 1.耽溺(R)

 狭く、薄暗い部屋に二人分の熱い吐息がゆっくりと充満して、飾り気のない壁や低い天井の輪郭がぼんやりと暈けていく。  彷徨う目線の先には、ふかふかとした絨毯もマントルピースの暖炉も、リモージュ・エナメルの荘厳な絵画も見当たらない。ここにあるのは、二畳程度の無機質な床板の上で軋む細いパイプベッドと乱れる息遣い、それから、乾いたシャッター音。  カシャ。 「ん⋯⋯っあ⋯⋯!」 「だめだろ? そんなえっちな声出して。お隣さんに聞こえちまう」  カシャ。 「だって……、んっ……グレンが、さっきからいいところばっかり突くから、……はぁっ、」 「腰動かしてんのはお前だろ?俺は動いてないよ。上手に俺のちんこ咥えてる……そんなに好きか?騎乗位」  カシャ。 「ん、っ……ぁっ……!ん、……これ、きもちぃ……止まらない……っ、」 「ふは、お前もうすっかり後ろだけで気持ち良くなれるんだな。育て甲斐あるよ。ほら、顔、こっち向いて」  カシャ。 「ぁあっ……、グレン……、」 「その目、最高に唆る」  カシャ。カシャ。 「あぁっ……!んぅ……!前は触っちゃだめ⋯⋯、すぐイッちゃう……」 「だめ?なら、こっち?」  カシャ。カシャ。 「んっぁっ⋯⋯ぁっ、⋯⋯!」 「可愛い⋯⋯、そんなに胸押し付けてこなくてもちゃんと触ってやるから」 カシャ。カシャ。カシャ。 「ん、んっ⋯⋯、はっ、ぁ⋯⋯っ、」 「きもちい?ナカ擦られながら乳首抓られんの大好きだもんなぁ、リオは。また先走り溢れてきた。ほら、ゆっくり腰動かして」 「ぁ、あっ、あっ、きもちい⋯⋯っ、もっと撮って⋯⋯っ」 「撮ってるよ、リオ。お前が自分で腰振って、乳首弄られながら我慢汁いっぱい垂らして感じてるとこ⋯⋯最高にエロくて、綺麗だ」 「んぅ、⋯⋯、グレン⋯⋯っ、もう⋯⋯っ、イ⋯⋯クっ⋯⋯!」  カシャカシャカシャ。  反り返ったペニスから噴き上がった精液が、リオの薄い腹に飛び散る。その一部始終を一コマも逃すまいとシャッターが切られるから、五感すべてで快感を拾う体は大きく仰け反り、グレンの上でふるりと震え上がった。  白い肌はじわりと紅潮して、その中心では快感を証明するように二つの乳首がこりこりに勃ち上がっている。精液が波打つ腹を伝いとろとろと落ちていく様は、我ながら信じられないくらいに淫猥だ。 「は、絶景」  リオの痴態を余すことなく収めたカメラを傍に置いたグレンが、絶頂に畝る体を見上げて息だけで笑った。  そうして伸びてきた大きな手に腕を掴まれて、力の抜けた体は挿入されたままグレンの熱い肌の上にゆっくりと倒れ、やがてぴたりと重なる。  瞬間、伝わってくるグレンの心音と、肌に感じる体温に胸がきゅんと締まって、快感が体の細部にまでじんわりと染み渡っていく。と、浸る間も無く下から激しく突き上げられて、リオの目の前に星が飛んだ。 「ふ、ぁっ⋯⋯!」  反射的に押し返そうとしたけれど、強い力で体ごと抱き締められて身動きが取れない。骨張った右手に後頭部を包まれて、耳の場所を探り当てた甘い唇に「しー」と息を吹き込まれる。途端に、結合部がきゅっと締まった。 「っ⋯⋯!んっ⋯⋯!」  じゅぽじゅぽという卑猥な水音が静かな夜にこだまする。下から何度も高速で出し入れされて、容赦ない抽挿に性感がたちまち極まっていく。  勢い良く突き上げられるとばちゅんと肌がぶつかる音を立て、腸の奥深くまでペニスを埋め込まれる。前立腺を硬く熱い亀頭で抉られるたびに迸る鋭い快感に脳内がちかちかと明滅して、射精したばかりのペニスがグレンの硬い腹筋に擦れて前も後ろも気持ちよくてたまらない。 「は⋯⋯っ、ぁ、⋯⋯ん!」  だめだ。抑えようとしても突かれるたびにいいところに当てられて、あられもない声が出てしまう。これでは聞かれてしまう。隣の部屋の使用人に、この情事がバレてしまう。だけど抑えられない。さっき自ら腰を揺らしてグレンのペニスで擦り当てていたところを、今度はグレンの意志で激しく擦り上げられて、途方もない快楽の予感に背筋が震える。 「んぅ……っ!」  漏れ出る喘ぎを閉じ込めるように、グレンの首元へ顔を埋めた。そうすると後頭部を覆う手に優しく髪を撫でられて、高鳴る胸が快感を更に膨れ上がらせた。  きつく背中を抱かれながら幾度となく突き上げられて、間も無く訪れる快楽の気配に縋るようにグレンの体にしがみ付く。 「ふ、ぁっ……あっ⋯⋯!」  長い指が汗の滲む髪を掻き分けて、濡れた唇が耳朶をかりりと噛んだ刹那、下腹部に渦巻く熱がばちばちと爆ぜて背中が大きく波打つ。同時、絶頂のせいで窄まる穴がきゅうーっと収縮してグレンのペニスを食い締めた。 「⋯⋯っ、リオん中きもちい⋯⋯、もうちょい頑張れるか?」 「ふ、⋯⋯ぇ、⋯⋯?」  熱っぽいグレンの声にどきりとして何を言われたのか理解できずにいると、快感に身震いする体を抱き締められたまま唐突に天地がぐるんと反転した。天井に吊るされた裸電球の橙が視界を明るくして眩しい。けれどもそれはほんの一瞬で、すぐにグレンの体によって遮られる。  快感に浸かる体で見上げたグレーの瞳に、ぞくぞくぞくと興奮が煽られていく。瞳孔の開いたグレンの瞳は、野性の獣のようで。激しい抽挿を察して咄嗟にシーツをぎゅっと握った時、両腿をぐい、と広げられて容赦無くがつがつと腰を送られる。 「は、ぁ、ぁ、っ、あぁっ⋯⋯!」  掠れて裏返った喘ぎが宙を舞う。耳を塞ぎたいくらいに恥ずかしいのに、激しく出し入れされながらグレンの瞳に真っ直ぐに見下ろされていると、もう何も考えられなくなっていく。  ごり、と前立腺をくじられて快感が全身に迸ったとき、ずるりとペニスが引き抜かれた。その感覚に息を飲んだ次の瞬間、ぎしりとベッドに膝を立てたグレンがリオの上体に跨るような体勢になった。直後、熱く濃厚なグレンの精液がびゅるびゅると顔面に注がれて。 「んっ⋯⋯! は、ぁ⋯⋯っ!」  リオの顔のすぐ上で、骨張った手が血管の浮き立つペニスを自ら高速で扱いて、赤くなった鈴口からグレンの精液が次々と溢れ出てくる様を見せつけられる。受け止めるように口を開くと、傍に置いていたカメラをすぐさま構えたグレンにその瞬間を激写されて。 「は、っ⋯⋯、すげえ⋯⋯色っぽい」  息を上げて片手でシャッターを切るグレンは、もう片方の手でリオの頬に触れ、まだ熱い精液をしなやかな指先で掬い、それをリオの唇へと運んだ。 「ほら、舐めて。ちゃんと飲み込んで」 「ん、っんぅ⋯⋯」  指先に絡む精液を拙い舌で舐め取り、言われた通りに飲み下す。その様子をグレンはカシャカシャと撮り続ける。  絶えず向けられているレンズに不意に目線を上げて恋しく見つめるとカメラが避けられて、心得たようにキスをくれる。精子まみれになった唇を厭うことなくたっぷりと愛してくれるような口付けに、リオの体の深部が甘くとろけていく。  最後の一滴までを掬い上げた指を懸命に舐め上げると、グレンはやっとカメラを下ろした。  そうして、傲慢だった手は用意してあったリネンの布でべとべとに汚れたリオの腹を丁寧に拭き上げていく。腹を拭き終わったら布を折り返して、腕や首元の汗をとんとんと拭い、最後に濡れそぼったペニスやひくつく秘部までも繊細に綺麗にしていく。  性行為の後、くたりと力の抜けて動けないリオの体を清めてくれるのは、グレンがこの屋敷へ来た当初からのことだが、今でも変わらずにそうしてくれることがリオは嬉しい。  奴隷として当然といえば当然の事ではあるが、主従を完全に逆転させているベッドの上で、それでも最後までリオの体に尽くしてくれるグレンに、忠誠心を感じるのだ。 「グレン、ぎゅって⋯⋯」    甘えるように両腕を伸ばすとぎゅうっと抱き締められて、長引く絶頂の余韻を二人で分け合った。  濃厚な性の匂いが充満する部屋には、リオの裸を撮影した官能的な写真が足の踏み場もないほどに散らばっていて、その中心に構える小さなベッドの上で抱き合いながら白い瞼をそっと閉じた。  こんな夜を、もう何度も続けている。  グレンの首には相変わらず錫の首輪が鈍く光っていて、二人の関係は以前と同じく主人と奴隷という主従関係のまま、変化していない。  変わったことといえば。 「⋯⋯リオ、今日もこっちで寝んのか?」  セックスのあとの、いつもよりも掠れた声が耳を擽る。  この声を間近で聞くと、まだ熱を孕む体が快感にとろりとほどけて、ここから離れたくないと純粋な恋心が疼くから、リオはいつも少しだけ考えるふりをして返事をする。 「うん⋯⋯、もう動きたくないし⋯⋯」  程よく筋肉のついたグレンの腕がリオの首の下へと入り込んで、自然と瞳が交わった。大好きな薄灰色の瞳の弧が、きゅっと細まる瞼に隠れる。 「それなら俺が抱えて運んでやるよ?お前軽いし」 「んー⋯⋯いい。……今日もこっちで寝る」  グレンの部屋は狭くて寒くて暗くて、こんなところで安眠なんてできたものではない。だけど、だから、この部屋ではそれを理由に狭いベッドの上で体を密着させていられるから、ここで過ごすのが好きになった。 「はいはい、仰せのままに。ご主人様」 「⋯⋯ベッドでその言葉遣いはやめろって言っただろ」 「そうだったな。なら、ほら。もっとこっち来い。落っこっちまうだろ」 「うんっ」  逞しい腕に抱き寄せられて、薄い寝具の中で温め合うように肌を合わせる。グレンとのセックスは病みつきになるくらいに大好きだが、それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、この瞬間が好きだった。  それから、もうひとつだけ変わったことがある。 「ていうか、なんでいつも俺の部屋なんだ?お前の部屋の方がベッドはでかいし、壁は分厚いし⋯⋯隙間風も入らないだろ」 「だって⋯⋯この部屋にはお前の匂いが染み込んでるから⋯⋯こっちがいい」  以前よりもほんの少しだけ、本音で話すことが多くなった。その理由は、 「はぁ⋯⋯」 「なに、ため息?」 「いやぁ⋯⋯素直なご主人が可愛くて⋯⋯」  グレンが照れて顔を伏せるところを見られることに、気付いたから。  この部屋には、グレンの煙草の匂いが染み付いている。銘柄は分からないけれど、ほろ苦さの中に焦げ付いたような甘さが隠されている不思議な匂いだ。まるでグレンそのものを示すような匂いの中で、彼自身に抱かれるのがたまらなく良い。  それに、締め切った窓から隙間風が入ってくることにもすっかり慣れたし、時に扉の向こうで聞こえる足音に声を潜ませたりするのも、実は楽しかったりする。  とはいえ、行為中に大きくなってしまう声を抑えることは難しくて、隣の部屋の使用人にはばれてしまっているかもしれない。正確には、ふたつ隣の部屋だ。グレンの部屋は角部屋で、隣の部屋を使っていた使用人は先日別の階へと移動させた。  だが、きっと勘の良い使用人は気付いているだろう。日が暮れると毎日のようにグレンの部屋にリオが訪れて、夜な夜な色事に耽っていることを。  一昨日の朝なんて、寝起きのぼさぼさ頭に衣服の乱れた姿でこの部屋を出たところを年頃のメイドとばったり鉢合わせてしまって、慌てふためく彼女の素朴な顔を真っ赤にさせてしまった。  使用人のためにも、部屋を出る際はもう少し気を配った方が良さそうだ。そもそも、グレンの言うとおり端からリオの自室ですれば良いのだけの話ではあるが。  けれど、そんな甘い夜を過ごせるのも今夜までだった。 「あーあ、来週から二週間も会えなくなるなんて。ほんっとやだ」  グレンの腕枕の中でごそごそと寝返りを打って天井を向くと、部屋を照らす電球の橙が視界に揺らめいた。 「あぁ⋯⋯明日からは旦那様に付きっ切りになっちまうからなぁ⋯⋯」  先日の晩餐舞踏会の夜。最新のカメラの商談にやって来た商人が、グレンのことをリオの父に話していたのだ。カメラに非常に精通した使用人がいる、と。おまけに、そのグレンが大広間で貴婦人カレンと酒宴していたところもばっちりと目撃されていて、酒が強いということまで知られていた。  体格も顔付きも申し分ないグレンを、旅好きで酒豪のリオの父は当然のように気に入って、明日からの二週間、自分の護衛兼カメラマン兼酒盛りの相手として、狩猟や芸術鑑賞ツアーに彼を同行させると言い出したのだ。 「父上はひどい。グレンは僕のものなのに⋯⋯」 「ふは、そんなに俺が好きなのか。嬉しいよ」 「はぁ?違う、僕のものを横取りされたみたいでムカついてるんだよ」  ここで素直になれないのはご愛嬌だ。グレンの言う通りではあるが、見透かされたような口振りは少し悔しいのだ。  だいたい、グレンとの関係は主人と奴隷のまま平行線で、毎晩セックスはしているけれど、この関係性にそれ以上の名前は付いていない。  つまりはセフレ。いや、それも違う。  性行為だけを目的とした仲でもない。もう少し⋯⋯もっと、深いはずだ。絆というか、情というか、思いやりというか。ただし恋人関係でないことだけは確かなのだから、この先グレンにそういった相手ができないとも限らない。 「それに⋯⋯お前は色男なんだから、旅先で僕の知らない誰かに誘惑されるかもしれないだろ、カレンの時みたいにさ。お前だって⋯⋯、決まった相手がいるわけじゃないんだから、⋯⋯その⋯⋯、お前がその相手を気に入ったりしたら、もしかしたらそういうことだって、あるかもしれないし⋯⋯」  言いながら、自分の声がどんどんと落ち込んでいったのが分かった。これでは、そういう可能性を嫌がっているというのが丸わかりだ。 「⋯⋯不安になってんのか?」 「べ、別に?なんで僕が不安になんてなるの?わけわかんない」  こうして強がってしまうのは、グレンのせいでもある。  毎晩のように体を重ねて恥ずかしいところを全て曝け出しているのに、グレンから「好きだ」という一言を聞いたことは一度もなかった。リオの気持ちはとうに知られていて、その上でまるで恋人にそうするように抱くくせに、グレンはその言葉だけをくれない。可愛い、綺麗だ、色っぽい、どれもリオの心を擽るけれど、ほんの僅かに物足りない。 「⋯⋯だったら、この辺にマーキングでもしておくか?」 「マーキング?」  す、と長い指がグレン自身の首元をトントンと指す。そして悪戯な口角が、にやりと吊り上がった。 「あぁ。噛み跡とか、キスマーク。それでお前の気が晴れるんなら、付けろよ」 「⋯⋯そんなの、いらない!」  もう勝手にしろ!と彼の胸板をばちんと叩いて、狭いベッドの上で勢いよく寝返りを打つと背中側でグレンの「うわ、あぶね!」という声が聞こえたが、無視して寝具を引っ張った。  それでお前の気が晴れるなら、とはなんだ。そうじゃないのに。  本当は、好きだというたった一言が欲しいだけなのに。  言い出せない気持ちを胸の中に閉じ込めたまま、リオはぎゅうっと瞼を閉じた。  

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