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-After Film- 10.両想い(R)
狭い部屋を埋め尽くしてゆく、荒く乱れた息。
幾度となく吐精した体はグレンに押し倒され、足を大きく開かされて、ふたたび硬い熱を受け入れようとしている。
実はグレンは絶倫だったのだろうか。と、ふやけた頭で考えるリオの上で、グレンもまた熱に浮かされたような表情をしていた。
ぬちゃぬちゃという卑猥な音は、グレンの精液とリオの精液、二人分の先走りと、追加された香油のせいだ。雁首の段差を穴の縁に引っ掛けられて、先端を扱くように前後に擦られると、硬い肉の感触を欲しがる尻の粘膜が呼吸に合わせてひくひくと息づく。
腹の中は精液まみれで、体力だって限界が近いのに、それでもグレンの熱をもっとほしいと願ってしまう貪欲な体。
全部、グレンに教え込まれた。
「ぅ、⋯⋯っんぅ、」
グレンに腿を押さえつけられ、ぬるぬるになった粘膜の内側にペニスがにゅるりと入り込んでくる。すっかりグレンのかたちを覚えた内壁はびくびくと震えながら熱い肉に吸着して、自分を抱く男をもてなした。
あえかな吐息が頬に降り注ぐ。ふと見上げたグレンの眉根に刻まれた皺に快感を察して、腹の奥がきゅんとした。
この体で、グレンが感じ入っているのだと間近で実感する瞬間だ。
騎乗位も後背位も好きだけれど、やっぱり正常位が一番好きだ。グレンの額に汗が浮かぶのも、濡れた唇から吐息が漏れ出るのも、熱の滲む灰色の瞳に見つめられるのも、一番近くで見ることができる。
本当は女が好きなくせに、リオに捕まったせいで狂おしいほどに男を抱く男。最初から変態的な趣味を持っていたリオとは違って、グレンはいたってノーマルだったはずだ。性行為だって、愛し合っているようなふりをしているだけで、その目的は撮影のため。リオが望んだ時、リオの満足いくまで。
そのはずだった。
でも、今夜は違う。
イキっぱなしのリオの体を、グレンは休ませてはくれない。快感に快感を上塗りしていくような手が、舌が、リオをさらに追い詰めてくる。それはまるで、会えなかった十日分を埋めるように。
「ぁ、ぁっ、⋯⋯っん」
張り詰めたペニスを掴まれ、ゆっくりと扱かれる。とめどなく零れるカウパーを手のひら全体で包まれて、快感に悶える体を知り尽くしている舌に乳首を可愛がられて。緩慢に腰を揺らされるたび腹の中でグチュ、グチュ、と精液の纏わりついたペニスが擦れて、これまでで一番生々しいセックスが脳に刻まれてゆく。
「リオ⋯⋯」
甘く呼ばれる声も、優しく奪われる唇も、奥の奥で溶け合う体も。熱情の宿る、灰色の瞳も。すべて知っているのに、初めて知るような感じがする。
いつからグレンは、こんなにも愛おしげな目をしてリオを抱くようになったのだろう。
もしかして、もしかすると。と、淡く期待してしまう胸が憎い。
会いたくて、寂しくて、早く温もりを感じたくて、その度に何度も好きだと思っていたのはリオだ。グレンはそうじゃない。と、思っていた。
でも、もしも。
同じ気持ちでいるのなら、グレンの口からその言葉を聞きたい。聞かせてほしい。
「グレン⋯⋯、す⋯⋯き⋯⋯、んぅ」
緩やかに抽挿されながら、いっぱいいっぱいに溢れる言葉は最後まで伝える前にグレンの唇に飲み込まれた。そうして鼻先を擦り合わせながら、形の良い目元がふわりとわらう。
「うん?知ってるよ」
優しく腰を回しながら、リオの舌を絡みとる大胆な舌遣いに溺れて、甘ったるい快感の渦に流されてゆく。蕩ける舌を溶かし合いながら、鼻から抜けるような声を漏らしてグレンの背中に縋る。
こんなに優しく抱くくせに、こんなにもリオの中をグレンでいっぱいにしているくせに、それでもその言葉をくれない。
「好き⋯⋯って、」
言ってよ、グレン。
その言葉もまた最後まで伝えきることはできなくて、ぐずるようなリオの声は濃厚なキスによって濡れた喘ぎに変わる。
ちゅっ、と吸い付く唇が離れ、グレンが上体を起こした。うっとりと見下ろされる視線にどきりと心臓が高鳴った直後、片足を肩の上に乗せられて、挿入がいっそう深くなった。
「っ⋯⋯あぁっ⋯⋯!」
絶頂続きで敏感な内壁が震える。これまでと違う角度で擦られるたび、下腹が痙攣するような感覚に総毛立った。
いつもよりも深い。体の奥の奥、狭いところにグレンが入り込んでくる。
精液でぱんぱんの直腸を滑り、丸い亀頭を奥に突き当てられると、くぽくぽと聞いたこともない音が体内から響いた。
「ぁあっ……んっ、ふか……、ぁあっ……」
上擦った声は掠れて舞い、シーツをくしゃくしゃに掴む。
これ以上は無理だ。もう奥までグレンでいっぱいなのに、これ以上深くなんて入らない。弱々しく訴えるように見上げた先、切なげに揺れた瞳に捕えられて。
「俺さ⋯⋯」
今まで一度も見たことのない顔だ。憂い、迷い、煩い、どれも似ていてどれも違う。
グレンの表情をよく見ようとして瞬きした時、両足を抱えられて尻が上向きになるぐらいに体を押さえつけられた。互いの粘液で泡立つ結合部を見せつけられ、血管の浮き立つペニスの太い幹が根本までずっぷりと沈められてゆく。
「んっ、んっ⋯⋯は、ぁあっ⋯⋯!」
ぐぷ、と狭い粘膜を掻き分けて、その奥へ。誰にも触れられたことのない、一番狭くて、一番柔らかいところだ。体の最深部、まるで心に触れるみたいに、ゆっくりとグレンが入ってくる。
「会えない間、ずっとお前のことばっか考えてた⋯⋯」
未知の快感がじわりと引き出されていくと同時、聞こえてくるグレンの掠れた声にすら性感が溶けそうで。グレンは熱に浮かされたまま、だんだんと抽挿を加速させてゆく。
「ぁ、ぁっ⋯⋯んっ⋯⋯あっ⋯⋯!」
奥に突き当てられるたび、鋭い快感が全身を駆ける。リオの内部を使って、ぱんぱんに張り詰めた亀頭を扱き上げるような腰付きすら愛おしくて、悦びの涙が眦を濡らす。熱と快感と涙で暈ける視界の中に、自分を穿ち続ける男を映した。
「⋯⋯リオ⋯⋯、」
漆黒の睫毛が灰色の瞳に影を作った。暗い檻の中に閉じ込められたようなその双眸が、たった今激情に駆られていくのを、汗と涙を振り撒きながら見守る。
「昼も夜も⋯⋯、自分でもわけわかんねえよ⋯⋯お前が隣で寝てないとうまく眠れなくて⋯⋯」
結腸に亀頭の先を押し当てられながら、ぎゅうっと抱き締められる。細胞のひとつひとつまでも震えるような快楽が全身を駆け巡って、グレンの声が鼓膜を伝い脳をとろとろに蕩かせてしまう。
「⋯⋯グレ⋯⋯っ、んぅ⋯⋯っ、んっ⋯⋯ぁっ」
奥の奥を貫いたまま、本能に任せてぐりぐりと腰を回すグレンの背中を切れ切れの意識で柔く撫でた。ゆらりと重い瞼を上げると交わった視線に、ついにその情愛を受け取った全身が歓びに震える。
降り注ぐのは、今まで生きてきた中で一番熱くて、真摯な眼差し。欲望だけを映しているのではなくて、これは。
まるでリオを慈しむような、果てしない愛情の色。
これはつまり。
「俺、お前のこと⋯⋯」
そうして、告げられる言葉を待つ。真に優しく、愛にあふれる眼差しの中で。
唇が開いてゆく一秒が、ずっと長く引き伸ばされたような速度に見えた。
そして。
「⋯⋯やっぱ、言わない」
「んぇ、っぁあっ⋯⋯!」
瞬間、尻を抱え込むようにして強く打ち付けられて、唐突な刺激に脳がちかちかと明滅した。腹の底に硬い熱を突き当てられ、全身がぶるぶると震え上がって汗がどっと噴き出す。唇を合わせて喘ぎさえも奪われ、快楽を追うための乱暴な腰を振るわれながら、膨れ上がる快感とともにリオの全身に広がっていくのは、淡い幸せで。
「⋯⋯っ、グレン⋯⋯っ、ぁあっ⋯⋯、あっ⋯⋯!」
もう肌も体内も、思考だって蕩けきっているのに、精液でどろどろの粘膜はまだ足りないとでもいうようにグレンのペニスをぎゅうっと絞り上げる。肌の隙間もないくらいに抱き締められて、甘く苦い煙草と汗の香りに抱かれながら奥の奥をごりゅ、と貫かれたとき、硬く張り出していたグレンの熱が内部でどくんと大きく脈動した。直後、腹の奥底に熱く重い感覚が広がり、精液が吐き出されたことを知る。
「ぁ、あぁっ⋯⋯、また、ナカで⋯⋯っ、んぅ……っはぁ、きもちいぃ⋯⋯」
グレンの射精に感じ入って、リオもまた何度目かの精を腹の上に漏らしていた。どくどくと脈打つペニスの血管の動きすらもはっきりと感じ取って蠢く内部が、引き抜かれるのを拒むようにきつく締まる。なけなしの体力で腰を畝らせ、グレンの精を搾り取ろうとすると、愛おしい男は肩で息をしながら熱い体温を重ねてきた。
そうして汗まみれの肌を合わせて、胸の中心で鼓動を刻む互いの音を伝え合う。
「グレン⋯⋯大好き⋯⋯だいすき⋯⋯」
掠れてしまった声で呼び求める唇を、何度も優しく重ねられる。
夢心地で舌を絡ませながら、グレンが聞かせてくれなかった分だけ、だいすき、だいすき、と繰り返した。
いつかグレンの声で聞かせてくれる時まで。その時まで、リオがグレンの分まで好きだと伝える。
夢の中にいるような朦朧とした意識の中で、けれども心は幸福感に溢れたまま、ゆっくりと瞳を閉じてゆく。
「⋯⋯リオ⋯⋯、」
満たされて落ちていく意識の中で見たグレンの表情は、幸せな夢の始まりのようにも感じた。
遠くで聞こえる鳥の声と、頬を冷やしながら通り抜けていく風の音に、のろのろと目を開ける。
ずっしりと重い腕や足や下腹部の痛みが、昨晩のことは夢ではなく現実であることを伝えている。この身が動かないのはそのせいだけではなく、隣に眠るグレンに全身で抱き締められているからだった。
汗や互いの精液でぐちゃぐちゃになっていた体は清められていて、内部の圧迫感もない。ベッドの傍には、情事を撮り続けていたカメラが三脚の上でレンズを閉じて静かに眠っていた。
その周りには水の入ったバケツと、そこに掛けられた数枚のリネンの布。あの汗みどろのセックスの後、グレンがいつものように後処理をしてくれたのだということを物語っていた。
「僕のことムチャクチャにして抱くくせに⋯⋯そういうとこは甲斐甲斐しいんだから⋯⋯」
独りごちると、すぅ、という寝息が前髪にかかった。
この男が、これほどまでにぐっすりと眠っているのは珍しい。きっと父との旅がよほど疲れたというのもあるのだろうけれど、帰るなり獰猛な獣のようにリオを襲って一晩中穿ち続けたのだから、無理もない。
その一部始終、快感に漬けられた記憶では曖昧な映像しか思い出せないが、確かに覚えているシーンがあった。
夢に閉じ込めたはずの幸福感がじんわりと現実に湧きあがってくる。
「グレンも僕のこと⋯⋯好き、なの?」
小さく囁いて、鈍く光る錫の首輪のそば、首筋の皮膚に、ちゅっと唇を押し当てた。あのとき付けることのできなかった、所有のマークを刻むように。
唇を離すと、グレンの白い皮膚の上に赤い痕が滲んでいて。
「どうだと思う?」
掠れた低い声。
ふ、と顔を上げると、いつの間に起きていたのか、グレンが薄く目を開けてこちらを見ていた。
ふわりと髪を撫でてくる手つきは優しく、大切なものを扱うように丁寧だ。
目尻をとろんと下げて、起きたばかりの子どものような顔をするグレンに、一途な瞳を返した。
「⋯⋯好きだと思う」
きっと。いや、絶対。
自信たっぷりに告げたとき、リオを瞳の中心に置いたグレンの表情が柔らかく笑んだ。
「ふは、」
朝の風が薄いカーテンを膨らませる。
淡く差し込む陽光の中で唇がゆっくりと開いていく一瞬が、永遠のように感じた。
そうして奏でられた言葉も声も表情も、この部屋に流れる風の香りも肌に触れる温度でさえも、リオの中に鮮やかに刻まれてゆく。
生涯色褪せることのない、記憶という名のフォトグラフに。
end.
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