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第19話

 東京に戻ってからも忙しい日々だった。  数年間都内を離れていたこともあり、転職活動に多少の危惧を抱いていたが、ありがたいことに勤務店は早々に決まった。  地元で行っていた勉強会で以前の店コンタクトをとる機会があった。  それが縁で、アシスタント時代からすぐ上の先輩だった北条(ほうじょう)と再び連絡をとるようになっていた。  一匹狼になりがちな白臣にしてはわりと気が合い、スタイリストになってからも表参道エリアの本店で切磋琢磨した仲で、現在は中野区にある系列店の店長をしている。  彼の店『Spade』に来ないかと誘われたのだ。  基本はそれほど変わらない。場所がどこであっても腕を磨けばきちんと技術はあがるし、サボればそれは顕著にあらわれる。  淀みない接客トークなどとは無縁だが、北条も白臣にそれは期待していない。人それぞれ得意分野は違うと思っているので、ありきたりだがやりがいを感じている。  ただ、胸にぽっかり穴が開いたような気持ちが拭えない。  悲しいのか、空しいのか、いずれにしても原因がわからないので対処のしようがない。これは人間を繰り返す中で味わったことがない感情だった。 「草園、今度の休み、時間取れない?」  『Spade』に務めるようになってもうすぐ一年の頃、北条から誘いを受ける。 「北条さん、俺そういうのは……」 「悪いな……わかってるんだけど、妻の友人でさ、うちにもよく来る人なんだ」  以前からそういう話はやんわりと断っているのだが、妻が絡んでいるせいか「一度会うだけでいいから」と懇願されてしまった。そこまでされると日頃の恩もあるので断れない。結局押し切られてしまった。 「月並みだけど、結婚も悪くないぞ」  たしかに北条はこのまま独身を貫くのかと思っていた。  仕事柄きれいな女性と知り合えるし、あえてそこにおさまらなくても、というタイプなのも知っていた。  だが「これは」と思う相手に出会ってからは早かった。  熱烈なアプローチののち、あっという間にプロポーズをして籍を入れた。それが運命の出会いだったのだろう。 「いいんだからな、断ってくれて。でも万が一気が合うなんてことがあるかもしれないじゃないか」 「まあでも、結婚は今までしたことがないので、期待しないでください」  たいていの独身男性は結婚したことないだろ? 変な奴だなと北条は笑った。

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