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第26話

「ふーん、結構インパクトのある店知ってるんですね。意外だな」  エスニック料理が食べたい、と涅が言うので、以前不二夫に連れられて行ったことのある駅前のタイ料理屋に入った。  狭い店内は、トウガラシの辛み成分が気化して空気に混ざるのか、初めて訪れた時はむせてしまった強烈な思い出がある。味付けもパンチが効いていて「日本人向け」にしていない。値段も良心的で外国人の客も多く、狭い店内は満席だ。 「不二夫が教えてくれたからな。しかし……本来食料なんかいらないだろ、お前には」 「いいじゃないですか。何事も体験なんだから」  本当は涅とじゃなく不二夫とまた来たかったが、辛さを抑えない本格的な味付けは不二夫には辛すぎたようで、次はないと思っていたのだ。反対に白臣にとっては好みの味だったので、また食べることができるのは少しうれしい。 「狭間の喫茶店はどうなってる?」 「僕が留守の間は、(コン)に任せています。店のこと、心配してくれてるんですか?」 「一応関わった場所だからな。紺って比較的若いやつだよな。死神一感情がないと噂の」 「白さんは会ったことなかったんでしたっけ? 紺は人間でいうところのサイコパスっていうんですかね。良くも悪くも超合理主義で機械的に捌いてくれるから、白さんや僕よりずっと、客の回転がいいです」 「回転がよければいいというものでもないだろうが」 「白さん、案外人間の言い分を尊重するから、入店したまんまの人、多かったですもんね」 「それより、不二夫の相手はまだあらわれないのか? 前の相手は不実なタイプで、お世辞にもいい男とはいえなかったから心配なんだ」 「でましたね、過保護グセ」 「不二夫の相手はいつだって、包容力があって、不二夫を大切にするいい男だったんだ。それは毎回変わらないはずなんだが」 「それはそうなるよう、玉湾様が仕向けてたからでしょう?」  心の底から呆れた顔をされるが、そんなことにはかまっていられない。 「俺の相手をするくらい暇なんだろ? つまらないことに首を突っ込んでいるのなら、なにか知らないか?」  涅の瞳が怪しく光る。人間の状態だと、本気を出した涅の眼光は猛毒でしかない。正面から見据えないよう視線をそらす。 「もしかして……気づいてない感じですか? 不二夫の気……いや、ま……いっか」 「なんだよ嫌な笑い方して」 「いや、白さんてマジモンのバカなんだなって思っただけです。ところで、今回白さんの管轄が玉湾様ではなく、第一閻魔の玉秀様になってることはご存じですか?」 「は?」  まったく聞いたことがないし、突飛すぎて想像したこともない。 「やっぱり……今まで誰も教えてくれなかったんだ」 「今生で死神に会ったのは、お前が初めてだ。それより本当なのか?」 「人間にそういうの伝えると、死神のペナルティになるんですよ」 「当然知っている。だが言い出したのはお前だろう」 「まあ、玉秀様は玉湾様よりさらに忙しいから言ってもバレないかな……事実です」  玉湾の息がかかっていない人生――そんなものがあるとは。  前回高校生だった白は、不二夫をかばい車に轢かれて死んだ。  唐突な出来事だったから玉湾の手入れが遅れ、その隙に白の魂は通常通りの判定に回ってしまった、という経緯らしい。 「クソみたいな人生って、思ってたんじゃないですか? ずっと」 「そりゃあな。玉湾の下にいるよりマシだが、人間なんて面倒くさいだけだ。何度も何度も……もううんざりだ」  ――そうだ。ずっと考えないようにしていた。期待なんて、一度目の人生からしたことがない。  死神としてたくさんの愚かな人間を案内した経験から、それが絶望しないための最大の防御だと知っているから。 「リミッターを外した白さん、見てみたいな。色とか欲に忠実になって溺れるとか、めっちゃ人間臭い感じの」  所詮低体温の死神になにを期待しているのだろう。  しかし玉湾に看過されたことが、自分の人生にどう影響するのかには興味がある。いつもと違って首をかしげる出来事が多いのも、それが関係しているのか? 「これを機に人間らしく人生とか、しあわせについて考えてみたらどうですか? 僕でよかったら、いつでも指南しますよ」 「いやに楽しそうだな。人の人生をかき回すのが快感か? 何を企んでいる」 「別に。諸々の手続きを終えて落ち着いちゃうと、喫茶店勤務って思ったより退屈なんですよね」 「退屈より出世を選んだのは、お前自身だろ?」 「そうだったはずなんですけど、それは白さんのせいかも」 「え?」 「やっぱり諸先輩方にくらべると青かったのかな、僕。ってわけで今、社会見学も兼ねていろいろまわってます」  人間界を観察することを手始めに、見聞を広めて次の野望をみつけるそうだ。死神は皆個性的だが、中でも涅は掴めない部分が多い。 「やっぱり変なやつだなあ」 「死神に落ち着くまで、ずっと泥水飲んで這いずり回ってきたんですよ、僕」  涅の仄暗い視線が、ぐっと鋭くなる。深い色ながら透明感を持った瞳の色が濁り始めた。それは涅が昔を思い出すときの、よくない兆候だ。 「僕とは対極の色を持って、死神のエリート街道を突っ走ってきた白さんには、僕の気持ちなんて、わからないでしょうね」 「わからんな」  こうなったときの涅には、その場しのぎのごまかしなどきかないから、正直に返した。  それに、死神になるような奴は皆、程度の差はあれ苦労を重ねている。涅だけが大変だったわけではない。 「そっけないな。それでも、あなたは僕の出自とか関係なく、叱ったり褒めたりしてくれたから、僕なりに恩返ししたいなって思っただけなんで」 「それで情報解禁というわけか」 「そうです。まあ、せいぜい人生楽しんでくださいよ」

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