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第33話

「さすがにお腹空きましたね」 「そうだな」  昨夜はあのまま眠ってしまったから、なにも食べてなかった。 「簡単なもの、作ってきますね」  本当はご飯よりもずっと抱きしめていたかったが、空腹が限界なのも事実だ。  キッチンから聞こえる調理の音が心地よい。この時を守るためなら、きっとどんなことだって厭わない。  ベッドの横のローテーブルに温かいお茶を出してくれる。  その下に置かれたレシピやイラストが描かれたノート。ベッドの上のクッションの柄。どれも不二夫らしいものだと思った。 「散らかってるから……あんまり見られると、恥ずかしいです」  不二夫がトレーにどんぶりをふたつ乗せてきた。おいしそうな匂いに腹の虫が鳴る。 「お待たせしました」 「ありがとう。いただきます」 「どう、ですか?」 「……すごくうまいよ」 「よかった」  甘辛い味付けで炒めた豚肉とネギがご飯の上に乗っている。付け合わせのレンコンは青のりがついて、あっさりとした塩味だ。  味もおいしいが、不二夫が自分のために作ってくれたということが、ものすごくうれしい。 「こんなおいしいものが作れるなんて、すごいな」 「焼いただけですよ……もっと勉強するから、これからもたくさん食べてくださいね…………えっと、白臣さん?」 「俺は……不二夫にまたご飯を作ってほしいと頼んでも、いいのか?」 「あたりまえじゃないですか。一緒にいようって言ってくれたの、白臣さんですよね」 「ん?」 「えっと……ほら髪のこと、言ってくれたから……そういう意味なのかと…………」  だんだんと自信がなくなった様子で声が小さくなった不二夫に、またやらかしたと慌てる。 「そう! そういう意味だよっ! ……本当は結婚してほしいって思ってるくらいだから」  今度はぱちくりと目を見開いている。どうして、こうもスマートに表現できないのだろう。 「ふっ……く、ははっ!」  とうとう不二夫が大笑いを始めてしまった。  無理もない。不二夫の前では恰好よくありたいと思うのに、こんな情けない姿ばかり見られて、年上の威厳もなにもない。 「よかった……俺あんまり自分が好きじゃないときが多かったから、自信持てなくて」 「それなら俺が、今よりたくさん不二夫を好きになる」  だから自分を大切にしてほしい。悲しい思いはできるだけしないように。自分ができることは全力でする覚悟はある。 「ほんと、そういうのずるいですよ! モテまくってると思ってたのに、は……初めてとかいうし……」 「だって事実だから」 「俺も、白臣さんとするのが、初めてならよかったな……」 「いいんだ、そんなことはとるに足らないことだ」  今ここで思いが通じているなら、悩む必要はないと思うのだが。貞操観念とか、嫉妬などは白臣にはまだよくわからない。 「白臣さんて時々達観してますよね」 「そうかな」 「なんだか神様の金言を賜ったみたいに、救われるときがあります」  そもそも、ものの見方が人間とは違うのだろう。  変人だと思われることはあったが、ほめてもらうことはあまりなかったように思う。それでも不二夫がそう思ってくれるなら、この生き方をしてきてよかったと思える。

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