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第32話

 本当に知らないんだ。気持ちが通じたあとのことなんて。  まさか、そっと触れるだけで胸の中が締めつけられて、破裂しそうになるなんて。 「教えてくれ……初めてなんだ、なにもかも」  情けない懇願に不二夫の顔を見ることができない。恋ごころに背を向けてきたツケが、ここにきてのし掛かってくるとは。 「えっ……」  温かな手が頬に触れ、指先でやさしく撫でられる。目の前の不二夫は微笑んでいるが、瞳には涙が溜まっている。 「そんなのずるいよ、白臣さん……」 「不二夫?」 「前に言ってくれたでしょう? 俺には必ず最高の相手ができるって」  よく覚えている。あの時は純粋にそう思っていた。それがいつもの決まりごとだったから。 「うれしかったけど、それって白臣さんの世界の住人に、俺は入ってないんだなって」  不二夫の人生に自分を絡めないことは、不二夫からするとそういった解釈になるのだろう。もし好意を持っていてくれたのなら、それは甘さを持った突き放しになる。  これでは涅や碧にバカだと罵られても仕方ない。  流れ落ちる不二夫の涙を拭うと、強く抱き寄せられた。 「だからすごくうれしい。ますます好きになっちゃうよ……いいんですか? 俺なんかで」 「不二夫がいいんだ」 「……うん」 「不二夫以外なんて、未来永劫ありえない」  密着したまま、セーターを脱がされる。お返しに不二夫のパーカーを脱がすと、ふふっと笑われ、またキスをする。  互いに一枚一枚はぎ取って、着ているものがなくなった。 「今でも信じられないです。俺のこと好きになってくれるなんて」 「それ、そっくり返すよ」  何代同じことを思っていると思うんだ? 一度認めてしまうと、積年の思いはとめどなく溢れ続けているというのに。  どちらともなくまた、唇を寄せる。互いの呼吸がどちらのものかわからなくなるほど長い間、舌を絡めた。 「んっ……ふ、んぅ……」  口角からこぼれ落ちる唾液を親指で押し戻すと、白臣を見つめたまま、指に舌が巻きつく。ゴクリ、と指を咥えたままの不二夫の喉が鳴る。軽く当たる歯に、その姿に、どうしようもなく煽られた。  短く息を吐いた不二夫の喉があらわになると、そこにかぶりつくように顔を埋める。 「あっ……」  舐め上げた先にある耳垂に近づくと、不二夫のあえかな声が漏れる。くぼみを舌で愛撫するとむずかるように身体をよじるので、追いかけるように耳孔を舐る。 「白臣さ……、あ、うっ……ん」  そこかしこに唇を落としていくごとに、赤みを帯びてくる肌がなまめかしい。なかでもひときわ色を増した胸の突起に吸いついた。 「あっ……! ……ん」  舌先で転がすとそこはすぐに芯を持つ。滑って光る先端を指でつまみ、反対側を舌で迎えにゆく。  硬さを帯びた不二夫の中心が腹に当たると自然と手が伸びた。   「えっ……」 「俺にも触らせてください」  不二夫のものにばかり気を取られていたが、白臣自身もしっかりと屹立していた。   生理的な処理とは違い、気持ちと共に変化する身体の中心を意識すると、細い指にそっと握りこまれた。 「待って……やばい」  耐性ゼロの身体はもはや暴発寸前だ。 「だいぶ慣らしたから、大丈夫です。もう……きてほしい」  導かれるまま不二夫の後ろに陰茎をあてがう。不慣れな白臣が腰を進めると、小さなうめき声が聞こえてきたので動きを止めた。 「大丈夫……です、から、続けて……」  本当に大丈夫なのだろうか。生え際にうっすらと汗を浮かべ、辛そうな表情に見える不二夫に無理はさせたくなくて白臣は動くことができない。 「白臣さんだけじゃない」 「えっ」 「ひとつになりたいです……俺も……あっ」  存分に慈しみたいのに、うらはらに硬さを増したそれを、少しずつ、不二夫の中に埋めてゆく。少しでも気を抜くと持っていかれそうになるが、今まで抑えてきた思いに比べたらたやすいはず。そしておそらく渾身の力で白臣の肩にしがみついてくる不二夫と目が合った。 「ふっ……」  必死なのは自分だけではないとわかる。不二夫の視線も和らいだから。再びゆっくりと進め、やがてすべてが埋め込まれた。 「はあ……」  叶うはずがなかった、奇跡の人生。  幸福に押しつぶされて、死んでしまいそうだ。 「白臣さん、動いて……ほし」  苦しそうだった呼吸が落ち着いてきた頃、不二夫にそう強請られる。白臣も抑えているのがもう限界だった。締めつけるばかりだったそこが律動させるごとになじんでゆく。 「んっ……あ、……あ……んんっ」 「くっ……」 「あっ、いきそ…………い、っちゃう……」  不二夫が白濁を放つと、白臣は深いストロークで窄まりに打ちつけた。 「あ……うっ……ん、んぅ……や、い、ってる、からぁ……」 「うっ……」    すさまじいほどの快楽が白臣を襲う。 「はあ……」  長い射精を終えると、惚けたような表情の不二夫の頭を引き寄せ、深く口づけた。 「う……んぅ……う、んんっ……んっ?」  甘い舌を貪るうち、腹の奥に再び火が灯る。無意識に不二夫の身体中を弄り、己の怒張を押しつけた。 「う、そ……白臣さ、……あっ」 「たのむ……」  やさしい腕が白臣の頭を引き寄せる。そうやって無様な懇願を、不二夫がやさしく受け入れてくれた。  朝、目が覚めても腕の中に不二夫がいる。未だ信じられない思いで、不二夫の寝顔を眺めた。  慣れない仕草で抱き寄せると、猫みたいに伸びをして、白臣の胸に顔を埋めてきた。  愛おしくて、ずっとこうしていたいと思う。  仕事に行きたくないほどの理由ができたのは初めてのことだ。何度も髪を撫で、梳いていると、また笑われた。 「起きてたの?」 「くすぐったいよ、白臣さん」  この時が永遠に続けばいいのに――。  人々が使い古した、それはもうありきたりな言葉を実感する。 「……不二夫」 「はい」 「これからずっと、不二夫の髪は俺に切らせて」  すぐに返事がないので、重すぎる告白だったかと後悔した頃、不二夫がぎゅっと飛び込んできた。嗚咽で身体が揺れている。 「……はい、お願いします」  しばらく抱き合っていると、やっと口を開いてくれた。くぐもった涙声にまた、愛おしさが募り、口づけた。 「白臣さんは、俺が作ったお菓子以外も食べていいですからね」 「えっ、どうして? 食べないよ」 「だめです。そしたら一緒にお店巡りできないです」  不二夫となら、甘いお菓子を食べるのも悪くない。自分には縁遠かったものがたくさん、大切なものになる。

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