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第二十章・8
士郎は秀実からアヒルを受け取ると、つつき返した。
「説明は、こんなところでいいか?」
「あの。最後の『コイツのため』って、いうのは?」
秀実は、士郎がやったように、小指を立てた。
「うん。秀実はこれから、堅気の世界で映画俳優として歩み始めるだろう? そのバックに暴力団がちらついていたら、何かと世間様がうるさいじゃないか」
「そんな。近藤組は、きれいなシノギをやってるじゃないですか。暴力団じゃありません!」
「外の世界から見れば、仁道会も近藤組も、同じ暴力団。極道のヤクザなんだよ」
「そんな。そんな……」
「ああ、泣くな」
士郎は秀実を抱き寄せた。
肩まで湯に浸からせ、額と額をこつんと合わせた。
「100まで数えて、もうお風呂から上がろう。その後……」
「その後、何ですか?」
秀実は泣くのをやめて、士郎の方を向いた。
士郎は秀実の耳に口を当て、そっとささやいた。
「……抱かせてくれ」
「もう、士郎さん!」
でも、ちゃんとその気になってくれたのか、秀実は大人しく1,2,3、……、と数え始めた。
「ありがとう、秀実」
君がいなければ、ここまでの決心はつかなかったよ。
胸の内でだけ、そう唱え、士郎も肩まで湯に浸かった。
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