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第53話 ひどい男、でしょ?
ちょっと、これ、どうやって待つんだろ。普通は、こういう時って、どうすんだ? いつもどうしてたっけ。
「……」
なんか、急にどうしたらいいのかわからなくなった。ベッドが広いから? 部屋が真新しい知らない匂いがするから?
「っ」
新婚さん、みたいだから?
「ふぅ、湯船で脚伸ばせるのってやっぱ……凪?」
「っ! ひゃい!」
「……っぷ。何? 今更緊張してんのか?」
寝室に入ってくるなり、髪を片手で乾かしていた英次が、俺を見て笑った。吹き出して笑った。
「し、仕方ねぇじゃん」
初夜っぽくて、どうしたらいいのか、わかんねぇよ。
俺が先に風呂だった。待ってる間に寝そうだから先に入れって。そしたら、寝室で寝ても大丈夫だからって、さ。そんなん、寝れるわけねぇじゃん。
しょ、初夜、なのに。
風呂が広くてドキドキした。たしかに足を思いっきり、つま先まで伸ばしたってまだ俺の身長が余るくらいにゆったりとした浴槽だった。すごく広いから、英次と一緒でも風呂余裕じゃん、なんて考えてひとりで慌てて湯船に沈みそうになって。出てきて、ホッカホかになりながら、俺のために麦茶を出しておいてくれた英次の背中に、ホント、喉が渇いてカラッカラになったみたいにツバを飲み込んだ。
俺、これから毎日、あの英次と一緒に暮らしてもいいんだ。
そう思ったら、急に緊張した。
だって、さっき、見た過去の動画。あんな昔からずっと好きだった人なんだ。英次しか見てこなかったんだって、今更痛感したっつうかさ。ホント、英次しか知らない。英次だけを知ってたい。あんなガキっぽい頃からずっと焦がれてた人と一緒に暮らして、あのでかい背中にしがみつく権利も、あの腕の中を独り占めする権利も、英次と「家」を共にしていいって証、同じ部屋の鍵も、全部俺が持ってるんだって、実感した。
そしたら、緊張して、どうやって待ってたらいいのかわからなくなって、正座で、ベッドの上で、待ってた。
「眠く、ないのか?」
眠れるわけないじゃん。
「手巻き寿司美味かったな」
英次の手が俺の頬に触れて、そっと肌をなぞる。くっついているような、くっついてないような、たまに掠める程度にしか触れてくれないから、「もっと触って」って全神経がそこに集中する。
「うん。美味しかった」
「これから……」
「英次?」
「やべぇ」
何? 俺こそ、やばいんだ。心臓破裂しそう。だって――。
「お前と本当に一緒に暮らすんだな」
「っ」
「嘘みたいだ」
「んっ」
うなじに掌が触れて、そのまま飛び込んだ先は英次の懐の中。
「ん、英次……っ」
「凪」
そして、軽々と腕一本で引き寄せられる。俺を自分の上に座らせた。ベッドに腰かけていた英次を椅子にして、向い合わせて座った。
ちょっと、ムカつく。なんか、手馴れすぎてて。知ってるけどさ。英次が経験豊富なことくらい、甥っ子の俺は知ってるんだけどさ。モテてたし? あの動画の頃からすごかったの、知ってるし? 別れたって、別れたって、フリーになることなんてほぼなかったし? だから、俺のことを引き寄せながら、ハーパンと下着、いっぺんにあっという間に脱がせることだって、朝飯前なんて、わかってる。
「恥ずっ……見、えそ」
英次とこういうことしたことある人が、たくさんいたのなんて。
「凪……」
俺はチビで、細い。だから、英次の上に跨って、英次よりも高い位置に目線がある、この景色はすごくレア。
「えい……じ?」
うなじを押さえられて、ぐっと抱き寄せられた。こつんと、額が触れて、英次の吐息が唇に微かに触れる。
「やばいな」
「?」
「初めてだ」
俺が英次の瞳を上から覗き込むなんて。
「怖いな」
「英次が? 何が怖ぇの?」
「お前を抱く時はいつも怖いよ。壊しそうで。それなのに、本物の威力はハンパじゃねぇな」
「本物? え? 何、俺の偽者とか、あんの?」
バーカ、って甘い声で言われた。そして、少し強くぶつかる額と額。
「さっきの動画、あん時にはお前のことを、こういうことがしたいって意味で好きだったんだぞ?」
うん。俺も同じ位のタイミングで英次のことを好きになったから、すごく嬉しかったんだ。その時からずっと英次のことだけを好きだから……英次もなんだって、そう、思ったら。
「ええええ? え? あのっ、本物って」
「手、出せるわけねぇだろ。でも欲しいモノは欲しい。言えないのに、欲求だけは膨らんでいくから、やばくて、怖くて」
「……」
あの頃の英次はすげぇモテてて、女の人は引く手あまたで、そんで、別れたってすぐに次が見つかって。でも、すぐに別れて。また次の彼女さんが現れて。また、別れて。
「続かないよな。そりゃ」
「……」
「好きな奴は別にいるんだから。ひどい男だろ?」
「……」
蕩けそう。腹んとこ、あと、お尻の、英次のでしてもらうとこが熱くてジンジンする。すげぇ、身体の奥が、切ない。
「英次、ん、キス、欲しっ……ん、ンンっ、んくっ」
ぎゅっと首にしがみついて、俺からキスをした。上から唇に齧り付いて、舌を差し込んだら、下から英次の吐息と舌が一緒に送り込まれて、たまらなく切なくて、熱に腰んとこをくねらせながら、首に絡めた腕の力をもっと強くした。
「ひど、く、ないっ……ん、ン」
「凪」
「だって、英次の前の人たち、全部が、嘘って、ニセモノって、すげ」
舌をもっとたくさんしゃぶりたくて、唇が真っ赤になるまで吸い付きたくて、英次の唾液だって欲しくて、全部欲しくて、お尻の奥んとこがジンジンする。ねぇ、早く欲しいよって、濡れそう。
「すげ、悦んでるもん」
「……」
「英次の全部、最初から俺が独り占めしているなんて……嬉しいから」
だから、きっとひどい奴なのは俺だよ。
「英次っ」
さっきまで膨れっ面をしてた俺の中に「ヤキモチ」が今、大喜びして身悶えてた。
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