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第55話 今はつまり、早い朝、そして遅い夜
朝、じゃないか。深夜? でもない、早い朝、そんでもって遅い夜とも言える時間に目を覚ましたら、英次の背中があった。
「……」
向こうむいて寝てる。その首筋、うなじのところに無数の赤い線。俺が付けた爪痕だ。振り落とされないようにって首にしがみ付いてた痕。すごく気持ち良くてわけわかんなくて、思いっきり爪を立ててたみたいだ。赤い線がこんなにたくさん。
すげ、痛そう。
し終わってから風呂一緒に入ったけど、そん時、これ沁みなかったのかな。ヒリヒリしそうだけど。
――あっ! ン、やぁっ……英次っ。
――ちゃんと掻き出さないと、腹壊すだろ。ここ、俺のを、すげぇ飲み込んだんだから。
――ん、ンンっ、ぁ……英次、もっと、キス。
「っ!」
思い出しただけで発狂しそうなんですけど!
恥ずかしくて、英次はグースカ寝てるから起こさないようにしつつ、タオルケットの中に潜り込んだ。
なんか、ちょっとすごかった。あれっ、あれって、た、対面、対面座位っていう、やつ、あれ、めちゃくちゃ気持ちイイ。あと、エロ……かった。なんか、すごくエロかったと思う。
――食われるみてぇ。
そう言って英次が唇の端を上げて笑ってた。うん。俺もなんかそんな勢いで英次にしがみついてた。あと、食いつくみたいに、英次のこと……欲しかった。全部欲しくて、今もまだ、中に英次がいるみたいに感触が残ってる。突き上げられる時の苦しい感じも、内側をごりごりされながら擦られる感触も、鮮明に。
思い出すと顔面から火が出そうなくらい恥ずかしい。めちゃくちゃ声上げてたし、腰を、なんか、ちょっと自分から振ってたし、それに中出しいっぱいしてもらった。
英次は腹壊すからって、あんまりしたがらないけど、でも、俺は、実は好き、だったりする。英次が俺の中で気持ち良さそうにイってるのがすごく気持ち良くて、中がじわって熱くなる感じとかも。
「もう起きたのか?」
「!」
布の擦れる音がしたと思ったら、背中を向けていた英次がこっちへ寝返りを打った。大きく振りかぶるように逞しい腕が俺の背中を包んで、自分の懐へと引き寄せる。
「まだ、時間早いだろ……寝とけ。朝飯、俺が作ってやるから」
「英次?」
寝息が額の辺りに触れる。もう寝ちゃった? 寝ぼけてた?
「えいじ……」
「んー?」
あ、起きてた。ほぼ寝てるけど、ちょっとだけ起きてるみたいだ。
「首んとこ、ごめん。痛くねぇ?」
「痛いわけあるか」
「でも、真っ赤だ。爪痕」
「あぁ、お前、すげぇエロかったもんな。感じすぎてすげぇ可愛い声上げてた。あの顔見ただけで興奮する」
「エロッ?」
「ほら」
エロかったって、それは英次のほうだろ。俺のこと下から突き上げながらすげぇ顔してた。エロくて、見つめられてるだけでイっちゃいそうだった。見つめられてるだけで、中がきゅんきゅんして気持ち良かった。
「寝とけよ……」
「えいっ、……」
ぎゅっと抱き枕にされた。そして聞こえてくる英次のすごく穏かな寝息。
「……」
今度は本当に寝たっぽい。スーって眠りの中に沈んで行ったような寝息が聞こえた。
「……おやすみなさい」
爪痕、沁みて痛くなりませんように、そう願いながらぎゅっとしがみついて目を閉じた。最初嗅ぎなれない新居の匂いに落ち着かなかったけど、でもここはいつでも変わらない。英次の匂いに包まれて、体温に全身で触れて預けることができる腕の中。とても心地良くて、目を閉じた瞬間、俺の意識も英次と同じところに、スーッと沈んでいく気がした。
「おい、凪、忘れ物ないか?」
「ない」
今日から、俺はここを出て学校に行く。そして学校が終わったらここに帰ってくる。英次も同じようにここから出て行って、ここに帰る。
同じ場所に住むんだから当たり前なんだけど、ただそれだけでもこんなに嬉しくなれるもんなんだな。
「鍵、持ったか? 迷子になるなよ」
「わーかってるって」
「あんまり遅くならないように」
「わかってます」
「それと身体しんどいんだから無理すんなよ」
「英次」
靴を履いて立ち上がった。
「俺、ずっとひとり暮らしだったんだけど?」
英次は俺より少しだけ遅く出社だ。
「身体、しんどいとしたら英次のせいじゃん」
「おまっ! しんどいのか?」
しんどくないってば。笑っちゃうって。英次、心配しすぎだ。平気だよ。昨日たくさんしてもらったけど、きつくなんてないよ。っていうか、英次こそ、首んとこごめん。きっとヒリヒリしてる。
「しんどくないってば」
「っ」
昨日、散々引っ掻いたうなじを掌で覆って、俺が魔法使いだったら掌でそのうなじを治して上げられたかもなんて思いながら、そのまま引き寄せた。
「それより爪で引っ掻いたの、ごめん」
キスをした。行ってきますの触れ合いとして、挨拶のキスをひとつ。そして、英次のうなじを掌で撫でる。柔らかい髪は吸い付くように手によく馴染んだ。
早く治りますようにっておまじないを掌から爪痕の残るうなじに擦り込んで。首筋を指でなぞった。
「行ってきます」
ニコッて笑って、玄関先を軽やかな足取りで飛び出す。振り返ったら、締まりかけるドアの隙間から、キスでちょっとだけ濡れた唇を開けて、呆けた顔で見送る英次が見えた。その表情を俺は見たことがある。
今頃、しゃがみこんで「ったく」ってぼやいてると思うんだ。
あの顔、懐かしいな。冬にさ、外に皆で出かけようってお洒落して、そんで靴を履くんだけど。本当にガキだった頃の俺は靴下が大嫌いでできるだけ履きたくなくて、英次に言われてもイソイソと脱いで放ってた。
そんな俺をとっ捕まえて、履かないと足先が冷えて風邪引くだろうがって怒る英次。その腕でもなんでもとりあえず現状から逃げると、あんな顔をしていた。くそ、逃げられたって、今頃、悔しがってるんだと思う。俺は、いっつもカッコよくて、シュッとしてる英次の悔しそうな顔が好きで、よくわざと靴下履かずに外に飛び出してたっけ。
――だから言っただろうが。
結局、足先がかじかんで寒くて寒くて、英次に抱っこしてもらって、そんで持ってきてくれた靴下を履く羽目になるんだけど。あの顔が見たくて何度も何度もやっていた。
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