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第4話

 明け方の空の下。  ふらふらとした足取りで古いアパートに辿り着く。玄関を開けば、そこには草臥れた靴が何足が転がっていて、嫌でもいつもの日常に戻ってきたのだと思い知らされる。  今日は土曜日。いつもなら金曜の夜から泊まりでコージの世話をしているはずなのだが……正直いまはそれどころじゃなかった。  よたよたとした足取りでキッチンに行き、コップに水道水を注ぐと一気に飲み干す。  頭をスッキリさせたくて喉に流し込んだ冷たい水は、しかしぼんやりする頭も、いまだにジクジクと熱を持つ体もスッキリさせてはくれなかった。  ───ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、  エロ本でしか見たことのなかった擬音を、まさかこんな形で聞く日がくるとは。 『あっ、あっ、やっ! あぁあっ、あ!』  揺さぶられる度に、目の前でチカチカと星が瞬く。  仰向けで足を左右に大きく開いたその間に、美しく引き締まった体が入り込んでいた。  先ほどから忙しなく自分の中に出入りしているそれは、自分のモノよりかなり大きく立派だったことを思い出す。身長に二十センチも差があれば仕方のないことかもしれないが、そんなものが、まさか自分の体の中に入るなんて。 『あっ! はっ、やぁあっ! あぅっ、あっ』  しかもそれによって、こんなにも快感を得られるなんて……。俺はもはや恥も外聞もなく善がり狂い、口からはだらしない声が漏れ出るばかり。溺れるように開いたそこで、舌が踊る。 『ああっ、まどかっ、まどかぁ!』 『んっ……賢太、気持ち良いか?』    生まれて初めて経験するアナルセックスで、ここまで快楽を拾えるものなんだろうか? 『きっ、もち……! きもち、ぃよぉ』  激しい快楽の波に翻弄された俺は、壊れたオモチャのように気持ちいい、気持ちいいと泣きながら叫んだ。そんな見苦しい俺を見下ろす綺麗な顔は、なぜか柔らかく笑んでいる。 『んっ、んぅ、ん……』 『ん、キスも上手くなってきたな』 『はふっ』  合わせられていた唇が離され、それを寂しく思った舌が彼の舌を思わず追っていた。息の仕方も分からずキスに溺れそうになった少し前のことが、嘘みたいに思える。  長い時間をかけてゆすられ続けた体からは、もう色のない液体しか出ていない。あまりの快楽に、快感はいつしか恐怖へと変わりかけていた。 『まどかっ、まっ、まどかっ!』 『んっ、ふっ、……どうした?』 『こわいっ、こわっ、こわいぃ』 『賢太?』 『まどかっ、手ぇ、つないでっ、てぇつないで』  円は瞳を細めて俺を見ると、必死でシーツを握りしめる俺の両手に、自身の両手の指を絡めて握りしめた。まるで、愛し合う恋人みたいだ。 『これでっ、怖くないか?』 『んっ、ん! あっ! あっ! ンぁあっ!!』 『ッ、』  案の定達した体はビクビクと痙攣を起こすばかりで、円の立派なモノとは正反対の、小柄な自分の体にふさわしいそこからは何も出てこなかった。  達した俺から少しして、円の体も何度目かの絶頂を迎えて奥で震えた。初めは怖かった生暖かい感触すら、いまでは『気持ちいい』に変換されてしまうから恐ろしい。 『はっ、』  くたりと力なく体を投げ出した俺の上で、円が汗ばんだ髪を掻き上げた。綺麗な男はそれだけの仕草でも様になる。  少し動いたことで体勢が変わると、中に入ったままのソレがまたいいとろを微かに擦った。 『ンあ!』  思わずあげた声に円が笑った。 『初めてなのに、随分と淫乱な体になったな』  望んだ通りになったな、と意地悪にそう言われて言い返したくなったのに、全身が甘く痺れて上手く動かない。  恨みがましく切長の瞳を睨みつけると、瞼の上からそっとキスを落とされた。  ゆっくりとした動作で、中から円が出ていく。 『あぁ……』  抜け出ていくその感覚にも体は震え、思わず円の腰を足で挟んだ。また、笑われる。 『可愛いヤツ』  落とされた言葉の意味は全く分からなかったが、空っぽになったそこが酷く寂しく感じた。  そんな俺の顔に円が触れるだけのキスをたくさん降らして、最後にそっと、唇を重ねた。 『賢太、明日は休みか?』  明日……といってももう日付は変わっていた。  先ほどまでまた埋められていた場所はまだ物足りなさそうに疼くのに、声を出すのも億劫なほど疲れた俺は、ただコクリと頷いた。そんな俺の髪を、円の指が優しくすいた。 『じゃあ、このまま眠ろうか。シャワーは起きたら浴びよう』  もう一度触れるだけのキスをすると、円の腕の中にぎゅっと抱きしめられた。  人の体温って、こんなにも暖かくて気持ちがいいのか……。俺は円の肌に擦り寄って瞼を閉じる。それから意識が闇の中に落ちるのは、あっという間のことだった。 「ハァァァ……」  空になったコップをシンクに置くと、俺は手で顔を覆って蹲った。  確かに、抱いてくれるなら誰でもいいと思っていたし、それによって自分がめちゃくちゃにされても良いと思っていた。痛みも、辛さも、全部耐える覚悟でいた。  好きな人に愛されることのなかったこの自分の体など、どうなったっていいと思っていたのだ。それなのに……。 「めちゃくちゃ優しかった……」  昨夜バーで会ったばかりの名前しか知らないような相手に、それはそれは優しく抱いてもらい、初めてだというのに死ぬほど善がり狂った。  目が覚めたらいなくなっていてもおかしくない状況で、あの男───桐原円は俺が目覚めるまでちゃんと待っていて、その後共に風呂に入り、後始末の仕方まで教えてくれた。  その際、またしても兆してしまった俺のそれを、円は呆れることなく処理してくれた。 『俺にだって好みってもんがあるんだよ』  そう言って一度は拒絶したのに、あんなにも丁寧に抱いてくれたあの人は、間違いなく優しい。  恥ずかしさや緊張で生意気な口を何度も叩いたけど、それくらいは俺だって分かっていた。  ベッドの上で、俺の濡れた髪をタオルで拭きながら円が言う。 『賢太。余計なお世話だとは思うけど、昨日みたいな真似はもうやめろ』  どうしてか、すぐに返事はできなかった。  黙り込んだ俺の肩口に円が顔を埋めると、彼は祈るように呟いた。 『お前は……ちゃんと愛されるべきなんだ』

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