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第2話
「たいちょう・・・」
涙に濡れた声で譫言のように何度も何度も、リカルドは大好きな隊長の名前を呼ぶ。
だがいくら彼の名を呼んでも応えてくれる人はここにはいない。
《なんだよ。リカ》
リカルドは太陽のように笑うあの人の事が好きだ。
あのたくましい腕が好きだ。
あの、前をまっすぐ見つめるあの眼差しが、大好きだ。
頭を少し乱暴だが撫でてくれる、あの手が大好きだ。
あの、声が、眼差しが、匂いが・・リカルドは大好きだ。
「っく・・たい、ちょ・・」
涙は堰を切ったように溢れ出てくる。
なんで、どうして、いくら考えても何もわからない。
何故、隊長が国王暗殺未遂の犯人にされているのか、わからない。
何故、自分たちの前から姿を消してしまったのか、わからない。
ただ唯一わかることは好きな人がいないということと、もし見つかってしまえば彼は国王暗殺未遂の犯人として処刑されてしまうことだけだ。
ほろほろと、彼の青色の瞳から雫となって流れ落ちる。
リカルドと同じ時期に入った友人のギゼラは今、涙を流し過ぎたリカルドのために水を取りに行ってくれている。
泣き止まなければ、辛いのも苦しいのも自分だけではないのだと思っていても、冷静ではいられない。
「リカルド。入りますよ」
コンコン、と扉を叩く音と共に、水を持ったオーズリーが室内に入ってきた。
まさか水を持ってきたのが副隊長とは知らず、リカルドは慌てて立とうとするが、オーズリーに引き留められた。
「いいから、座っていなさい」
「はい・・・」
ベッドに座り込むリカルドの前に木の丸椅子を移動させ、彼自身も腰かけ水をリカルドに手渡した。
恐る恐るそれを手にし促されるまま、水を口に含む。
冷たいそれはリカルドの喉を通り、身体のほてりが少し収まったような気がした。
「副隊長、ありがとうございます」
「気にしないでください」
飲み干した入れ物を受け取り机の上に置く。
彼らが今いるのは、レヴィン隊長がよく仮眠などで使用する部屋だ。
そのためベッドや机、そして数枚の着替えなどが部屋には置いてあった。
「あの・・これから僕らは・・」
「まず一つ、我々シュテット騎士団とエルカルド団は手を組みました。勿論目的は同じ、レヴィン隊長の無実の証拠を見つけ、真犯人を見つけ出すことです」
もう一つの目的も決めていたが、リカルドに話すことではないため、あえて内緒にした。
「そのために我々は周りを欺かなければなりません。いいですか?公の場ではレヴィン隊長を国家反逆者として扱います」
「それは・・・」
自身の隊長を悪く言わなければならないことにリカルドは言葉を失う。
どうして尊敬する、大切な人を悪く言わなくてはならないのか、とリカルドは声なき声でオーズリーに問い掛ける。
オーズリーは苦しそうな表情をしながら、目を一度閉じて口を開いた。
「気持ちはわかります。私とて同じことです。ただ、誰が敵で誰が味方なのか。今は何もわかりません。この状況下の中で隊長の無実のため、ではなく、隊長を捕まえるための足取りを得る、という免罪符が必要です。そのために周りを欺かなければなりません。辛いと思いますが―」
「まぁ、待てよ」
「ルイーザ。今話中ですが」
「怖い声出すなよ」
扉にもたれかかるようにして話すのは、騎士団のメンバーのルイーザ・ベリオ。
遊び人風のいで立ちで中身のそれと同じ女好きの彼は、にっこりと笑いながら、オーズリーに近づき
「リカルドの隊長好きなのは周知だろ?それなのに急に手のひら返しして悪く言い出す方が何か考えているのでは、と勘繰られちまうぜ?」
「それは・・そうですが・・・」
「だろ?公の場では隊長の事を避けていれば勝手に勘違いするだろうから、別に悪く言う必要はないと思うぜ?お前も、な?」
「うるさいですよ、ルイーザ」
きっ、と図星を差されたからなのか、少し赤い顔でルイーザを睨めつけるオーズリー。
敬愛するレヴィン隊長の事を悪く言える人間など、この騎士団にはいない。
それならば、『自身の隊長の仕出かしてしまった事の責任をとるために、自分たちが責任を持って捕らえる』という流れになった。
隊長不在では他の隊や民に格好がつかないという理由で急遽、副隊長だったオーズリーが隊長として隊を率いることになった。
空席になった副隊長の座には、遊び人ではあるが腕はそれなりに立つ、ルイーザが着きレヴィンの行方を探すことになった。
「あの、僕は?」
泣き濡れた赤くなった目と、ガラガラの声でオーズリーを見つめるリカルド。
それぞれ仕事を振られた中で自分の名前が呼ばれなかったことに不安を覚えて指示を問いた。
「あなたは少し休んでいなさい。そんな顔では職務はできませんよ」
「で、でも!」
「ですが・・」
号泣しました、というこの顔でレヴィンのことを調べるのはとオーズリーは内心思っていた。
なにせ彼は今、国賊として行方を晦ませている相手だ。レヴィンのことをよく思っていない連中がこの機会を逃すとは到底思えない。
聞きたくもない彼の悪口に晒すのはしたくなかった。
すると、隣でその様子を静かにみていたルイーザがふと思いついたように声を発した。
「あ、それならレヴィン隊長の持ち物の整理とか書類の整理とか頼んだらどうだ?もしかしたらなんらかの証拠とか残ってるかもしれねーし?」
「成程。それも一理ありますね。リカルド、お願いできますか?」
「はい!わかりました!」
自分も隊長のために何かできる!とパァァと嬉しそうな顔で何度も頷いたリカルド。
子犬みたい、とオーズリーとルイーザは思ったが口には出さなかった。
パタパタと早速と言わんばかりに走り去るリカルドを二人はまるで子を見守るかのような目で見送った。
「あなたにしては英断でしたね」
「オイ、俺にしては、ってなんだよ」
「いえ。なんとなくですが」
「ったく。外に出せばレヴィン隊長の悪口を聞くことになるが、ここにいれば少なくとも悪口に晒されることはないだろう。リカルドが隊長のことを慕ってるのはほとんどの奴が知ってるし」
「ええ、そうですね」
子犬のように隊長、隊長と無邪気な慕うリカルドと、隠してるようで隠せていないデレデレの顔をしていたレヴィン。
「ああ、そういえばイーミル殿と協定を結びましたよ」
「あん?協定?今回の事件に対する?」
「いえ?あのじれじれの二人をこの機会にくっつけてしまおう、というものです」
「成程。それなら俺も一枚噛ませろよ?」
「期待していますよ」
二人はそう静かに頷きあった。
その後、オーズリーは他の部下を連れて街へ繰り出し、レヴィンの行方を追った。
ルイーザは、オーズリー不在の間の騎士団の取りまとめを担当していた。
一人一人が敬愛する隊長のために動き出した瞬間だった。
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