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第1話
その報せは、リカルドやオーズリー副隊長らの思考を停止させる程の威力を持っていた。
「今、なんと?」
震える声で、オーズリー副隊長がその報せを持ってきたイーミルに問い掛ける。
「ですから、レヴィン隊長、いえレヴィン・ウルディオは昨日、国王陛下のお命を狙い、幸いにも未遂、で終わりましたが、肝心のレヴィン・ウルディオは逃走。行方を晦ませております。彼の行きそうなところに心当たりは?」
早朝、レヴィンが一向に現れないことに疑問を抱いていた騎士団のところへ、国王直属の部隊-エルカルド団団長のイーミル・ヴァールブルクがある報せを持って現れた。
書状は国王陛下の象徴でもある、黄金色の双頭の鷲が描かれており、文章の最後には国王陛下直筆で、ストラス国国王のユーリウス・バボン・ラカーユ・ストラスの名がそこに書かれていた。
仕事柄それをみることが多い騎士団にとってそれが偽物かどうか見分けることが出来るため、イーミルの手にしている書状が国王陛下からの内容に一同は言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ってください!レヴィン隊長が・・・?!」
ふらふらと覚束ない足取りでイーミルの方に向かう。
嘘だ、何かの間違いだと、頭の中で何度も何度も唱えるが、現実は非情で、且つリカルドにとってとても冷たいものだった。
イーミルはそんなリカルドに対し、あえて淡々と言葉を紡いでみせた。
「ああ、そう言った」
その言葉を受けた瞬間、声を失い、ガクッとまるで糸を切られた操りマリオネットのように力なく床に座り込むリカルド。その青い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
ストラス国シュテット騎士団リカルドが、その隊長レヴィン・ウルディオに思いを寄せているのは、皆が知っていた。
リカルドは、レヴィンの後ろを常に追いかけ、彼に向けて一番きれいな笑顔を向けていたため、リカルドを好きになった人が例えいたとしても、レヴィンを一途に思う姿に逆に応援したい気持ちにさせられるのだ。
―だが、肝心のレヴィンは気が付かない。
否、レヴィンの右腕でもあるオーズリーは違うと思っている。
彼は気が付ないフリをしているのだと。
―リカルド・シェイズは、宰相グリレア・ヘヴァンの甥だ。
つまり公爵家の人間だ。
反対にレヴィンは、男爵家の三男。
仮に二人が思い合っていても、身分も違う、しかも男同士という事実が大きな壁として立ち塞がっている。
「たいちょう・・たいちょう・・」と、涙に濡れた痛々しい声で、譫言のように隊長の名を呼ぶリカルド。まるで親に置いていかれた子供のように不安定で絶望仕切ったその様に、心を痛めた。
さすがにこれ以上、レヴィンについて聞かせることを躊躇ったオーズリーは、リカルドを別室に行かせるように告げ、リカルドの友人が付き添い部屋を後にした。
「イーミル団長、部下が申し訳ありません」
「いや、あの子がレヴィンを好いていたのは知っていたからな。こちらも配慮が足らなかった・・」
イーミルの声にはいつものように覇気はなく、どこか疲れた表情をしていた。
そして、ふぅと一つ大きなため息を漏らし、さらに言葉を続けた。
「城内は『あの』騎士団隊長が仕出かしたことにパニックを起こしている。それを収めるのに事件後からほとんど寝ていない」
くしゃり、と銀色の前髪をさわりながら毒づくイーミルはイライラを隠せないないようだ。
「それでレヴィン隊長についてお聞かせ願えますか?」
「ん、ああ。そうだったな」
まるで話すことを頭の中で整理するかのように一呼吸を置いて、
「昨日、レヴィン・ウルディオは国王陛下の寝室に出向き、用意していたお酒、《ピエラ》を振る舞った。そのお酒に毒物が混入していたようだ。幸いにも国王陛下の《呻き声》を聞き、《たまたま》近くを通りかかった貴族の方々に救われ、命を取り留めた。レヴィン・ウルディオは事件現場を見られたことで貴族の方々に暴行し、その場を後にした、と報告が上がってきている」
「・・ピエラ?本当に、ピエラをレヴィン隊長が国王陛下に振る舞った、と?」
「ああ、そう聞いている」
「・・そうですか」
わざと、《ピエラ》と《たまたま》のところを強調してみせるイーミルにオーズリーは目を細めて小さく頷いた。
イーミルの意図を理解したのだ。
これは、嵌められたのだ、と。
犯人は別にいるが、何者かがレヴィン隊長を陥れているのだと、その場にいた騎士団の皆が理解した。
だが、大っぴらに調べることができないため、レヴィン隊長をひとまず犯人だと受け入れて、それによって利を得る人間を調べようと、暗黙の了解で締結された。
「それで、昨日のレヴィン・ウルディオの行動について教えてもらえるか?」
「ええ、レヴィン隊長は昨日、国王陛下直々にお呼び出しを受け、城内へ向かいました」
「国王陛下直々、ね」
「はい。前は直々の呼び出し等ほとんどといっていい程ありませんでした。言い方は悪いですが、その隊長は・・」
「男爵家の三男坊、だからな」
「ええ・・」
言いにくそうにしていたオーズリーの後を引き継ぐようにイーミルは言葉を続けた。
彼が男爵家の人間だということは騎士団やエルカルド団の人間は既に周知している。
だが、身分関係なくレヴィン隊長を慕う人間は大勢いる。
この騎士団の団員たちも同じで、本来ならばそれこそ、身分さえあれば国王直属の部隊エルカルド団へ加入が認められるが、騎士団の人間たちはレヴィン隊長自身に惹かれ集まった団員たち。
―つまり、誰もレヴィンが国王陛下の命を狙ったなど微塵も思っていない。
もしかしたら、レヴィンは何か都合の悪い事を知ってしまった、もしくは見てしまったために嵌められてしまったのではないかと。
「レヴィンを邪魔物だと思っている奴の仕業か?」
「もしくは、国王陛下のお命を狙った時にたまたま隊長が巻き込まれてしまったか、のどちらかですね」
イーミルと、オーズリーは今回の件について話し合う。
「少し、整理をしましょう」
オーズリーは静かに口火を切った。
部屋の主のいない、隊長室に副隊長のオーズリー、無実を信じるイーミル団長、そして、レヴィンの部下数人がそこにいた。
その中で一番立場の高いイーミル団長がレヴィンの席に腰かけ、話出したオーズリーに視線を移した。
「まず、一つ目。
レヴィンがあの夜に国王陛下の元を訪れた際に持っていたとされるお酒について―」
「あの日隊長が持っていたのは苦味が特徴的でかなり値の張る高級なお酒、《ピエラ》というお酒だが、アルコールが高く国王陛下はあまり好まれていない」
人差し指を掲げて疑問点を上げるオーズリーにイーミルもまた続けた。
そう、ストラス国では《ピエラ》というお酒が有名で、国で一番値の張ることから国王陛下への贈り物に捧げられることが多いお酒だが、肝心の国王陛下はあまりそのお酒が好きではなかった。
だが、勿論王族としての立場上好んで飲むフリをしていたが後で口直しを求めるほど、苦手だったのだ。
「ええ、もちろんそれを知っているのは我々騎士団と、国王直属の部隊ーエルカルド団員、王族、宰相、側近のみと伺っております。そのため、もし、レヴィン隊長が自ら選んでお酒を持っていったなら、《ピエラ》は選ばない筈かと」
「ああ。そして次にー毒で苦しみ出した国王陛下の呻き声を聞いて駆けつけたとされる貴族、というのも些か妙だ」
先ほどの証言についておかしなところがあるのかと、オーズリーは思わず問い掛けた。
「どういうことです?」
「時間は夜更け。貴族が国王陛下にお目通りする時間帯ではないし、国王陛下の寝室は広さもそれなりにある。呻き声が外にまで聞こえるというのも妙だ。倒れた音やお酒の瓶が割れた音に、ということなら多少、辻褄は合うが、呻き声、というのは妙だ」
「確かに」
「それにアイツがもし本気で殺そうとしたなら結界を張って外部を近づけさせないで殺すだろう」
「一理あります」
―身分故に国王直々の部隊に入団することは出来ないでいたレヴィンだが、剣の腕は国で随一を誇る腕前だ。
そして、彼には少しだが騎士に珍しく魔法も多少使える。
もし、そんな彼が本気で国王の命を狙ったら?
未遂などで終わる筈がないのだ。
強固な結界を張り、誰にも悟らせることもせず、命を奪い、城に火を放つくらいのことを仕出かしてこそ、レヴィン・ウルディオという人間だと皆の総意だった。
「もう一つ。現場を見られたとされるレヴィン隊長が駆けつけた貴族らを気絶させ、その場から逃げ出したというのもおかしいと。あの人なら窓を蹴破ってでも逃げていきそうです」
「嗚呼、確かに。3階位なら許容範囲だな」
「最後に、国王陛下の寝室を御守りする筈の兵士が一人もいないことがおかしいです。貴族らが金を握らせた可能性があるかと」
「その貴族とやらについて調べてみる必要がありそうだな」
にやり、とまるで新しいおもちゃを見つけたように笑い合う二人。
一見すると似ても似つかない二人だったが、なんだかんだレヴィンの事を認めている二人だった。
片や幼馴染で自分より秀でているにも関わらず、身分という壁で自分が団長になった男も、平民出だろうが貴族出だろうが、はたまた孤児出だろうが構わず受け入れるその度量の広さに惚れ込み副隊長にまで上り詰めた男。
そして、もう一つ。
表情がコロコロと変わる子犬みたいな部下リカルドを見つめるあの優しい眼差しが大好きなのだ。
「犯人を見つけ出して―」
「嗚呼、とっとと二人をくっつける」
二人の手ががっしりと触れ合う。
目的は皆一緒だ。
―いじらしい二人をこの騒動でくっつけちまおうぜ!と意思の元、ここに約束が確定された。
国王暗殺未遂の容疑をかけられている本人が聞いたら「お前らこの非常事態に何してんの?!」と叫ぶだろうが、皮肉にも肝心の男はいない。
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