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1*性描写
妙な息苦しさを覚えて目が覚めた。瞼を抉じ開けると、天幕の厚い布越しにぼんやりと明るい光が差し込んでいる。眼球を刺す眩しさに目を細め、それからブラッドは唇の端が冷たく濡れていることに気づいた。眠っている間に涎を垂らしていたらしい。拭おうとして、腕が動かないことに気づいた。
触れた肌から高めの体温が伝わってくる。背後から褐色の腕が巻きついていた。覚醒したての頭は明瞭とせず、少しの間ブラッドは再び瞼を下ろして、項にかかる穏やかな寝息を感じていた。身じろぎすると柔らかな毛皮に素肌が滑る。服を着ていない。それで昨夜のことを思い出した。
ブラッドを抱き抱えながら熟睡するクバルと顔を合わせたのは五日ぶりだった。乾いた赤い大地に生きる民族のひとつ、ロジン族との会合のため、彼はヘリオサの命を受けて十人の戦士を伴い東へと赴いていた。
ロジン族と敵対していたのは六代先のヘリオサの時代のみで、それも五十年前のことだった。以降は互いの生活圏には手出しをしないよう不可侵条約のようなものを結んでいたらしい。ゆえに今回アトレイア王国に関する意志の統一のため開かれた会合の場は、特段荒れることも滞ることもなく閉じられた。その割に帰還に時間がかかったのは、ロジン族の王に引き留められ三日の間、酒宴への参加を余儀なくされたためと聞いている。
クバルが帰還したのは昨日の夕刻だった。夕餉と沐浴を済ませ、昨夜はベッドに入るなり押し倒されて唇を貪られた。たった五日、と思えどクバルにとっては「たった」ではなかったらしい。執拗に口を、肌を吸われて、そのうちに満更でもなくなり、心地よい指先の感触を背後から受け入れていると、いつしかそれが止まったことに気づく。不審に思い首を捻ると、信じられないことにクバルは寝落ちていたのだった。
「勘弁しろ」と、瞼が下り力の抜けた目もとを凝視しながら、ブラッドは亡羊とした。その気にさせておいて勝手に寝るなんて非情な男だ。下肢はすでに兆しているし、尻の間には硬いものが当たったままだった。
ブラッドに触れたい、という欲求は偽りではないのだろう。つまり、相当疲れているということだ。ロジン族の村との距離は、強靭な脚力を誇るダイハンの馬が休息を取りながら走って丸一日だ。滞在中は会合と酒宴、いくら屈強で恐れ知らずのダイハンの戦士といえども、身体も頭も心も疲れ果てる。
ブラッドは中途半端に煽られた熱を自分で処理しようかと考えたが、結局は頭を空にして目を硬く瞑ることを選んだ。身体の奥が苛々しているような気がしたが、無視を決め込み眠ることに徹したのだった。
「……はあ」
その苛立ちのような、言葉で言い表せない調子の悪さは、夜を明かしてもまだ身体の中に居座り、ブラッドに溜め息を吐かせた。端的に言えば欲求不満だった。たった五日、と思いながら何だかんだ自身もクバルを求めていることを自覚せざるを得ない。
背後の男はまだ目覚める気配がないが、脚の間には緩く起ち上がったものの感触があった。昨夜の名残か、朝の生理現象か。その硬い存在を感じた途端、身体の奥が疼いた。足の裏がむずむずする。
「……勝手にさせてもらうぞ、クバル」
自分を放置してひとり安らかな寝息を立てる男を恨めしく思いながら、ブラッドは身体に巻きついた褐色の腕を無理矢理引き剥がして押しやり、クバルの身体を仰向けに転がした。穏やかな寝息が一瞬止まったが、すぐにまた聞こえてきた。力の抜けた寝顔は普段より幼く見える。薄い毛布を被ったままクバルの足元にもぞもぞと移動し、腹這いに寝そべった。
息苦しくて吐いた息が、緩く勃起したペニスの裏に吹きかかる。目の前のものは硬くなっているくせに本人は行動を起こす気配はなく、快眠を続けている。ブラッドは鼻先でそそり立つ竿を掴んで、先端を口に含んだ。
天幕の外から聞こえる足音や物音から、普段起床する頃合いは過ぎているようだが、クバルは今日丸一日暇を与えられている筈だし、ブラッドがヤミールから呼ばれているのも昼過ぎだった。少しの間、好きにしたって何ら問題はない。
「ん、……」
毛皮を被った暗がりの中で、黒い太腿がぴくりと跳ねた。何ら問題がないどころか、起きて昨夜の続きをしてもらわなければ困る訳だが、ただ叩き起こして行為をせがむのは嫌だった。眠っているクバルに好き勝手できる機会など滅多にない。目が覚めた時にどんな反応をするだろうかと、内心に意地の悪い笑みを浮かべてペニスに舌を這わせた。
すでに勃起していた雄は、亀頭を丹念に刺激していると先端から透明な露を滲ませた。少ししょっぱい先走りを舐め取り、吸いつきながらさらに口内へ迎え入れる。血管の浮く幹を握って扱くと、さらに膨らんで口内を圧迫した。
「っ……は、……はぁ、……ぅ」
静かだった寝息は乱れ、呻きが滲む。口蓋に擦りつけながら深く咥え込むと、悩ましげな吐息が聞こえた。漏れる喘ぎを掛布越しに聞きながら、ブラッドは自身の股間が熱を持つのを感じていた。
溢れ出る先走りを啜り根本を扱くと、無意識だろう、クバルの腰が揺れ、軽く突き出すような動きをする。苦しさで眉間に皺が寄るが、興奮は煽られる。我慢できずにブラッドは自身の腰を揺らし、素肌に触れる毛皮に勃起を擦りつけた。亀頭が柔らかな生地に擦れるのが、もどかしくて、気持ちいい。
けれど明確な快感が足りない。ブラッドはクバルの竿を握っていた左手を滑らせ、自分の身体の下に潜り込ませた。わずかに腰を浮かせて、硬く育っていたペニスを握る。先走りの滑りを借りて、激しく手筒を上下させた。
「ふ、……っん、く……ッ」
じわりと足先が溶けそうな心地よい感覚に、思わず目を細める。昨夜我慢した分、直接男性器で得る快感は格別なものがあった。一度達しそうになったが、勿体なく感じ、根本をぎゅっと握ってやり過ごした。
「……ん、っ……む」
自身の裏筋を軽く撫で擦りながら、ブラッドは口に咥えたクバルのペニスに集中することにした。ずっと口に咥えていると顎が疲れてきて、一度吐き出した。徐々に開いてきた右脚に右腕を絡めて押さえると少し体勢が安定して楽になる。
重量感のある陰嚢を舐め、裏筋に吸いつきながら舐め上げると、ペニスがびくりと揺れた。先端からは絶えず蜜が溢れ出て、舌先で舐め取ってもすぐに小さな玉が割れ目に浮かび上がって滴が垂れる。
顔は見えないが、出したくて仕方ない、というような険しい表情を浮かべているのだろうか。秀でた額の端に汗を浮かべ、たえるように眉をぐっと寄せて、鼻の穴を膨らませて。聞こえてくる艶っぽい吐息を聞きながら想像すると、身体中の毛穴がかっと開いて、体温が熱くなる。手遊びで自慰をする掌に、たらりと先走りが零れ落ちる。
再度カリ首までを口に含んで、濡れた亀頭を粘膜に擦りつけながら深く咥えた。長径があるため咥えているだけで苦しいが、はしたない水音を立てながら唇で扱いてやる。いかせてやろうと、頬をすぼめて俯いた頭を上下させた。
「ふ、ぅ……ん、ぐっ!?」
突然喉奥を突いた苦しさに、咥えたままえづきそうになった。一瞬訳がわからなくなって吐き出そうとした時、強い力に後頭部を押さえつけられて、再度奥へとペニスが入ってきた。
「っん゛ぅ、う……ッお゛……っ」
太い熱杭が舌根を押さえつけて口内を激しく行き来する。わずかに生まれた隙間から息を吸うことさえも許さず、凶器が容赦なく出入りして喉奥を突く。嘔吐しそうなのを我慢して何とか鼻で短く呼吸をすると、目元がじわりと濡れるのがわかった。
「ぐぅ、っンン゛――ッ」
「っは、……はっ、はぁ、ァ……っ!」
びゅう、と熱い迸りが喉奥を叩いた。逃れたくても頭を押さえる力は一切緩まなくて、それどころか舌の奥に擦りつけるようにされ、どろりとした粘液を仕方なしに飲み下すしかなかった。射精は長くて、喉にへばりつく青臭い精液を何回かに分けて嚥下する。く、く、とその間も突き上げるように腰が揺れて、殺意が湧いてきた。頭を押さえる力が緩んだ瞬間、ブラッドは咄嗟にペニスを吐き出した。
「う……っがァっ、……げほっ」
身を起こして激しく咳き込むと、肩にかかっていた毛布が滑り落ちた。少し気管に入ったようだ。咳が止まらなくて苦しい。舌に乗った残滓を掌に吐き出すが、喉奥はイガイガするし、何より痛いのだ。
「っはぁ、何、ってこと、しやがる」
涙で滲む視界を正面に向ける。右手の甲で目元を擦って相手を見下ろせば、口を開けたまま呆然とブラッドを見上げるクバルがいた。かつて見たことのない間抜けな面相に、瞬間的に上昇した怒りはそれ以上加熱するのをやめてしまう。
「は……何、だ?」
戸惑いのような、上擦った声だった。何だじゃねえだろうが。再び腹の底が熱くなる。
「お、前、乱暴に突き入れやがって」
「俺、がやったのか……そうか」
「何がそうかなんだよ、納得するな」
「夢を見た……お前に押し倒されて咥えられる夢で……夢だと思ったから、押さえつけて腰を振った」
掠れた声で懺悔ともつかない言い訳を話すクバルの腕が伸びて、硬い指先が目元を擦り、濡れた頬を撫で下ろす。許しを乞うその仕草からは慈愛が感じられて、声を荒げる気も失せる。
「お前を苦しめた……悪かった、ブラッド」
「……夢だと思ったからやったって、本当はいつも今みたいにやりたいってことか」
「……、……」
「おい」
「お前の嫌がることはしない」
そう言って、温かな褐色の手が頬の輪郭をなぞって首筋に下りる。本当かよ、と思いながら手の行方を黙って任せていると、腕を引かれ、寝そべるクバルの上に覆い被さる体勢になった。
「けれど、お前に寝込みを襲われるとは思わなかった」
耳元で、言外に我慢できなかったのかと問われているようで、ブラッドは不機嫌に唇を歪める。
「お前が悪いんだぞ、クバル……お前が昨日、途中で」
言いかけた言葉を飲んだ。確かに憎いが、寝落ちるほど疲労困憊していた男を責める気にはなれなかった。葛藤を感じ取ったのか、クバルは再び「悪かった」と詫びてブラッドの項を押さえ、唇を軽く吸った。
「ブラッド。続きがしたい」
最後まで、と犬のようにブラッドの下唇を舐めてクバルは囁いた。
「昨夜のか? それとも今の?」
「どっちも」
項をなぞる指先が正面に回り、逞しい胸を撫で下ろして下腹へと辿り着く。ペニスの先をきゅっと握られて、そこでブラッドはあんなに苦しい思いをさせられても萎えていない自身に気づいた。
「っ……」
「俺のものを舐めながら、自分でしていたのか?」
指先がくりくりとカリ首を弄び、皮の厚い掌が膨らんだ亀頭を擦る。漏らした先走りで濡れていて、くちゅりと卑猥な水音が立った。熱に浮かされた赤い瞳に真下から暴くように見上げられ、首の後ろと腹の底が、怒りとは異なる意味で熱くなった。
「ん、っ……悪いか」
「悪くない。……見たかった」
心底残念だという風な声音で言われ、少しおかしかった。愉快な気分になるのも束の間、竿を強い力で握られて扱かれ、ブラッドは荒い息を吐く。
「俺、だって……お前が、寝ながらいく時の顔、見てやりたかった……、ッ」
「寝ながらじゃなくて、起きている時にお前と一緒に……」
そう言って、クバルの手は一度吐精して萎えた自身のペニスをブラッドのものに添えて一緒に握った。ふたりは体勢を起こし、ブラッドはクバルの脚の間に、クバルの腰を挟むようにして座った。会陰まで伝った先走りが、尻の下の毛皮に染みていく。
太く血管を浮かせたクバルの両手が二本の竿を扱く。柔らかかったペニスはすぐに硬さを取り戻して、本人は熱い吐息を押し殺していた。
一度達したクバルと違って、ブラッドの限界は近かった。膨張しきったペニスが痛くて、尿道がじんじんと痺れている。それに、脚の間、会陰の奥の窄まりが、ひくひくと収縮して別の快感を求め始めていた。
「出そうか……?」
「っう、……ぁ、我慢、する」
「我慢するのか」
「ン、っは……」
皮の厚い掌が強い力で、けれど至極緩慢に、搾るように擦り上げる。気を抜けば達してしまいそうだったが、もう少し辛抱してから射精した方が、意識が飛びそうになるほどの恍惚を得られると身体は知っていた。
それに、昼過ぎまでは最悪天幕を出なくてもいい。だらだらと、昼餉の時間までゆっくり交わっていたい。だって、クバルと顔を合わせたのは五日ぶりだったが、肌に触れ合ったのは六日ぶりだ。ブラッドは内腿に力を込めて、額をクバルの肩口に押しつけた。少しだけ香る汗の匂いが、腰の奥を熱くさせる。
「じゃあ、もう少し俺に付き合ってくれ」
「当然だ……、出して終わりにする、つもりじゃないよな……?」
「……いいのか? ヤミールと、用があるんじゃ」
「続きをするんだろ……抱けよ、クバル」
触れ合った肩が、胸が、脚がより熱を持ったような気がした。盛り上がった肩の筋肉に熱い吐息を埋めて、せり上がる快感を逃がす。
「そうする。お前を抱きたい」
耳元に囁く掠れた声が脳髄を溶かして、腰から項にかけてをぞくぞくと震わせる。やっと与えられるのだと知った身体が、期待に打ち震えている。
ブラッドは左手を脚の間に伸ばして、ペニスの先端をきゅっと握った。潰れたマメの痕で凸凹になった掌で、充血して濡れた亀頭を擦った。長く辛抱しているためか、頭の奥がぼうっとして何も考えられなくなる。
「っい、ぁ、……あ、っ」
「は、……っはぁ、ブラッド……っ」
頭皮の毛穴が開いて、一気に汗が噴き出る。手の動きを速めながら、縮まった足の爪先が毛皮をぐっと握る。出る。
「――ブラッドフォード」
異質な声に、冷水を浴びせられた。
突然意識が冴え渡った。隔たりの向こうから乱入する声。煮立った頭に戻ってきた冷静さは今のブラッドにとっては明らかに異物で、一瞬錯乱さえした。
「ぁ、っ……!」
けれど身体の反応は止まらなくて。頭と身体がちぐはぐなまま、射精を迎えた。びゅ、びゅ、と先端から白濁が飛散する。妙に思考が冷静なせいで、普段行為の最中は気に留めないのに、敷布に溢さないよう慌てて受け止めた。
「っは、……はぁ、……っ」
「ブラッドフォード。取り込み中でしたら、すみません」
思いきり取り込み中だった。まさか知っていて声をかけたのではないかと思うほど。
クバルはブラッドに顔を見合わせて、唇を歪めている。吐く息は苦痛に満ち、どうやら絶頂を逃したらしい。
天幕の外から話しかける声はよく知ったものだった。ブラッドがおよそ一年前に右手を失って以降、剣の訓練の相手になってくれているラウラだった。ブラッドは荒い息をつとめて抑え、覚えた単語も増えて最近ようやく正しい発音ができるようになったダイハンの言葉で、外の女戦士に返答した。
「っ……何だ、どうした。ヤミールに会うのは、昼過ぎの筈だろ」
「それはなくなりそうです。今日ハカ族のもとへ向かう部隊の代表が、狩りで負傷して。代わりにブラッドフォードに頼めないかと、ヘリオサが……」
「……出立は」
「一時間後です」
それはあまりにも急だ。激しく脈打つ鼓動を鎮めようと深く息を吐きながら、ブラッドは鼻先の距離に揺れるふたつの赤い宝石を見つめた。考えたところで結論はどうせ変わらないのに、どうしてか葛藤していた。
「……ブラッド」
一時間で終わるか? 終わらないだろう。そもそも出立の準備をしなければならないのだから猶予は一時間もない。たとえ終わったとしても、中途半端に互いを満たし合って、満足できるか? かえって惜しむ気持ちばかりが大きくなって、辛くなるに決まっている。
「ブラッド。行ってこい」
迷いのない声が、あるいは故意に迷いを打ち消した声がブラッドを促す。己がすべきことを、互いに理解している。ブラッドは長く重く息を吐き出し、左手で彼の熱い頬に触れた。
「……すぐに戻る」
「ああ……待ってる」
そうして、久しぶりに分け合った肌の温もりをしばしの間忘れて、ブラッドは突如与えられた任務に着くことにした。
しかし「すぐに戻る」と告げた言葉は嘘になると、ブラッドはハカ族の村に到着してすぐに理解した。
族長の不在。遠方へ狩りに出ていて、少なくとも二日は戻らないと。二日程度なら待たせてもらおうとそのままハカ族の村に滞在したものの、結局族長が帰還したのはブラッドたちの戦士隊が到着して四日後のことだった。
それから会合を開き、同盟は受け入れられた。話がまとまり次第すぐにでもヘリオススへ踵を返したかったが、客人をもてなさないのは無礼に当たるとハカ族の長は戦士隊を引き留め、その日の夜は酒宴が開かれた。ブラッドがハカ族の陣営を発ったのは到着から五日後の朝、ヘリオススへ帰還したのはその日の夜だった。
ヤミールへ報告を済ませ、足早に自分の天幕へ帰った。この五日間は苦痛の日々だった。中途半端に触れ合ったクバルの肌の熱さを想い、早く帰らせてくれと、狩りに出たっきりいつ戻るかわからないハカ族の長に理不尽な憤りを抱き、客人に与えられた天幕の中で他の戦士たちの存在を感じながら、悶々とした夜を明かした。
抑圧された欲求は最高潮まで高まっていた。きっとクバルも同じ思いだろう。明日は一日、すべき任務を抱えていない。今宵は存分に、互いを求め合って肌の温もりを感じることができる。しかし逸る気持ちを抑えずに入り口の布を押し上げたブラッドは、途方に暮れて立ち尽くした。
燭台に火が灯っておらず、濃厚な暗闇が支配する天幕の中に入った時、「いや、そんな筈はない」と目の前の光景を信じられずにいた。
クバルがいない。とっくに夕餉も沐浴も済ませている頃だ。ブラッドは取り乱している自覚を持ちながらヤミールのもとまで走って、クバルの所在を尋ねた。
「クバルもまた、任務のためにヘリオススを出ています。今日か明日中には戻る筈ですが……」
「……そうか」
「すみません、ブラッドフォード……」
随分と絶望した表情をしていたらしかった。心の底から申し訳なさそうにヤミールに謝罪をされたが、それに対して「お前のせいじゃない」と訂正を入れる余裕もなく、ブラッドは悄然と天幕へと戻った。
「……はあ」
先日もこうして嘆息を漏らしていた気がする。思い出したようにどっと疲労が襲ってきて、毛皮が敷き詰められたベッドに身を投げ出した。
五日ぶりに顔を合わせたと思ったら、今度はブラッドが急な任務でヘリオススを空けることになり、五日経ってようやく帰還すればクバルもまた任務で不在。こんなことってあるかと、誰を恨むでもなく、ブラッドはひとり悪態を吐く。
「クソ……間が悪すぎだ」
毛皮に埋めた鼻先から息を吸うと、日に干した柔らかな匂いの中によく知った香りを見つけて胸が締めつけられる。
太陽に焼かれた土の匂い。クバルの匂い。
自分でもいささか気が大きくなり過ぎている自覚はあった。腹這いになって毛皮に顔を埋めながら、ブラッドは左手を下肢に滑らせた。腰を浮かせ、指先に少しの力を込めて股間をなぞる。
「ん、……」
柔らかく握り込めば、甘い痺れが腰に流れた。ぬるま湯に浸かっているような、心地いい程度の快感。そんな生易しいものでは我慢できなかった。
下履きをずらし、軽く芯を持っていたペニスを握った。先端はすでに湿っていて、軽く扱けば欲求不満を溜め込んでいたそこはあっという間に硬く育ち、先端の割れ目から露が滴った。
身体に居座る疲労感と、微睡みに近い陶酔が、頭の奥を痺れさせて理性を根こそぎ奪っていく。
任務の合間、当然自慰などできなかった。最後に射精したのは、五日前にここで、クバルと互いを慰め合った時。
「っう、ぁ、……っ」
ペニスは掌に熱く、大きく膨張して血管を浮き上がらせていた。手筒で擦る度にぐちゅぐちゅと水音が立って、どれだけ自身が興奮しているのかわかる。
そもそも自慰など滅多にしない。三日に一度、クバルと身体を重ねるだけで余るほどの充足が得られる。
瞼を下ろして想像した。クバルの硬い手がペニスを擦る感覚を。熱い掌が竿を強い力で握って、下から上まで容赦なく扱くのだ。痛いくらいの力加減で愛撫されるのはもはや癖になり、ブラッドは意識的に左手に力を込める。
「……、ン……ッあ、ぁ……」
恍惚とした吐息とともに唾液が溢れ出そうになって、ブラッドは喉を鳴らした。頬の内に湧いた涎を飲み下し、ふうふうと荒い息を毛皮に押しつける。
五日も出していないから上り詰めるのは異様に早かった。絶頂感は突然訪れて、塞き止めることなく熱を解放した。腰が揺れて、掌に勃起を押しつける。とぷとぷと白濁が溢れ出て、手で受け止めきれずに敷布の毛皮を汚した。
「ん、――……」
射精した途端、とろりとした眠気が頭をもたげるが、素直に寝落ちる気はなかった。五日ぶりに射精した解放感は、クバルに触れられる時に得られる多幸感に勝るようなものではなく、どことなく物足りなさを感じさせた。
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