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「うわぁ」
開館して間もない午前中だというのに巨大水槽の前はたくさんの客で溢れ返っていた。
しかし柚木が最も感嘆したのは、水槽の中を悠々と泳ぐ鮫でもなく、大きなヒレを波打たせて横切っていったエイでもなく、ダイナミックに渦巻くイワシの大群でもなく。
比良だった。
動きやすい私服登校が推奨された本日、スポーティーながらもおしゃれに気を配る男女に囲まれた彼は飛び抜けて目立っていた。
マウンテンパーカーもタイトなボトムスもリュックも黒、足元は白スニーカーでモノトーンに統一しており、制服のときとはまた違う洗練された雰囲気に生徒のみならず一般客の注目も浴びている。
海底を彷彿とさせる薄暗い館内。
様々な魚が泳ぎ回る幻想的な巨大水槽を背景にして佇む比良。
容姿・才能に恵まれたアルファだろうと彼の前ではモブと化してしまう。
まるでドラマのワンシーンのような光景を目の当たりにし、柚木の脳内からは語彙が飛んだ。
(はわわ……)
「人多すぎ、移動しよ」
「はわわ……」
「どーした、ユズくん」
「置いてくぞー」
「ま、待って、行きます行きますっ」
アウターから足元までリーズナブルなファストファッションで統一している柚木は慌てて友達の後を追う。
(なんだあれ、かっこいいの塊か、センスのおばけか)
著しく低下した語彙力で比良を褒め称えつつ、念願だったラッコのプールへ、すでに始まっていた<ごはんタイム>に改めて目を輝かせた。
「ラッコかわいいっ、想像以上にでっかい!!」
飼育員さんから手渡しでもらった貝を割って食べるラッコに小学生みたいに柚木ははしゃぐ。
「イルカショー、いい席すぐに埋まるかも」
「早めに行った方がいいんでない?」
「待って! もうちょっと待って!」
家族連れにまじってガラスに張りつく柚木に友人らは顔を見合わせた。
「ええっ、ラッコって芸やるんだ! 頭よすぎ!」
「ユズくんよりはイイかもな」
「やばいっ、かわいすぎるっ、今日ずっとここにいたい! 観察日記書きたいくらい! 尻尾までかわいい! 一緒泳ぎたい! エビ天あげたい!」
水面をスイスイ泳ぐラッコにのめり込む余り、いつしか友人のツッコミが途絶えたことにも気づかずに、柚木は興奮のままに喋り続けた。
「うそ! 目隠ししてる!? なんで!! かわいさアピール!? あざとい!!」
「かわいさアピールじゃない」
「えっ、じゃあなに!? あんなかわいいポーズ、狙ってるとしか思えないんですけど!!」
「あれは体温低下を防ぐため、毛が生えていない手を顔に押し当てて温めてるらしいんだ」
「へー!!」
愛らしいラッコに夢中になっていた柚木はやっとプールから視線を外した。
「よく知ってるね!! はい!?」
感心した次の瞬間、驚愕した。
友人らはガラスにへばりつく同級生を置いてイルカショーの会場へさっさと向かい、代わりに柚木のそばにいたのは、憧れのクラスメートである比良だった。
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