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2-1-遠足
春爛漫の季節、柚木の通う学校では始業式・入学式の次に遠足行事が開催される。
「大豆 ~、明日遠足なんだ~、水族館行くんだよ~、いいだろ~」
翌日に遠足を控えた柚木は、リュックにお菓子を詰め込みながら飼い犬の黒柴に話しかける。
「学年ごとに行き先が違うんだよ。一年は植物園、二年は水族館、で、三年は山登りハイキング。やっぱり水族館が一番楽しそうじゃ?」
「クーン」
リビングの片隅に設置されたケージから出して大豆と戯れていたら、キッチンに立つ母親に夕食の準備を手伝うよう言われ、柚木は素直に引き受けた。
柚木の両親はどちらともベータだ。
大学生の姉もそうだった。
ベータ同士からオメガが生まれてくる確率は低く、その点だけは平凡な柚木の異色なところと言える。
「明日のお弁当、エビ天入れてくれる?」
「え。ちょっと面倒くさいけど、まぁ考えておくわ」
愛情に恵まれた、極々普通の、ありふれた一般家庭であるのは重宝すべき平凡な環境とも言えた。
正に遠足日和である快晴の金曜日。
校庭集合だった一年生・二年生は貸切バスに乗り込んでそれぞれの目的地へ向かった。
二年生は一時間ほど揺られ、観光スポットとして人気のあるベイエリアへ、水族館の他にもレストランや芝生広場が併設された複合施設に到着した。
(水族館なんて小学生ぶりだ)
昼食まで自由行動である。
柚木は親しい同級生らと一緒に触れ合いコーナーのタッチプールを一先ず堪能した。
「ナマコの感触やば」
「なぁ、イルカショーって何時からだっけ」
「あ。おれ、ラッコのごはんタイムが見たい。ラッコと初対面したい」
「ユズくん、地味なの好きだなー」
「そーいうところもオメガっぽくないっていうか」
小学校時代から学校生活を共にする友達は決まってベータ性ばかりだった。
「オメガだったらジュゴンとか愛でそうじゃ?」
「いや、捕まえて飼育してるっていうのが受け入れられなくて、水族館とか苦手そう、イルカさん可哀想とか言い出しそう」
「ユズくんはそーいうのないから一緒いやすいよな、特別感がないっていうか」
「ベータ感しかない」
(ディスられてるようにしか思えないんですけど)
ちなみに唯一親交のあるアルファ性の谷は本日欠席、サボリであるのは容易に想像がついた。
(どーせおれなんかへっぽこオメガですよ)
谷やベータ性の友達に常日頃から「オメガっぽくない」と言われている柚木。
取り立てて特徴のない自分がオメガに見えないのは事実であるし、言い返すのも今さらで「ラッコのごはんタイム、見たい」と念を押すだけに留めておいた。
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