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比良の言う通り、国内の医療技術は日々進歩を遂げていた。
大手製薬会社と国立大の共同研究チームが治験実施計画書 に基づいて臨床実験を慎重に行い、時間とコストをかけた末に高性能な抑制剤開発に成功した。
実用化に至ったのは近年のことだ。
アルファ・オメガを対象に中学生から開始される定期予防接種、自治体や医療機関などにおける個別接種によりラット・ヒートと呼ばれる発情期は制御できるようになっていった。
ーー唯一の例外を除いてーー
体育館で行われた始業式。
二年生・三年生はずらりと並ぶパイプ椅子に着席し、ステージ上では校長先生が偉人の名言を引用してやたら長い挨拶を述べている。
欠伸をしている生徒が多数いる中、柚木は前列に座る比良の後頭部ばかり眺めていた。
(さすが比良くん、後ろ姿も隙ナシ、全角度かっこいい)
去年の入学式で一気に惹きつけられた。
教室の片隅からこっそりずっと見つめてきた。
アルファ・ベータ・オメガ、学校生活でどんな階層にも分け隔てなく接する比良に憧憬の念はどんどん膨らんでいった。
(あんな完璧なクラスメート、誰だって憧れるに決まってる)
谷くんは例外だけど。
あれは特殊なケースだ、うん。
一年前に頭を撫でてくれた比良くんの手、大きかった。
後から谷くんに「あれはユズに同情してんだぞ、つまり俺よりもアイツの方がお前は一生フリーだって決めつけてんだからな」なんて言われたけど。
比良くんから同情されるなんて光栄です。
同情バンザイ!! 同情どんとこい!!
冷たい空気が沈殿する体育館、柚木はベージュ色のセーターの袖で可能な限り両手をカバーしていた。
大人びた淡いアイボリー色のセーターを着こなす、背筋をスッと伸ばして姿勢正しく座る比良の後ろ姿に、胸の内側だけはポカポカしていた。
(比良くんは<番 >も時代錯誤だって思ってたりするのかな)
アルファとオメガの絶対的な繋がり。
ちっともピンとこない。
おれにとっては都市伝説レベル、運命的で崇高で、選ばれたものにしか訪れない。
完璧なアルファの比良くんだったら選り取り見取りだろう。
きっと神秘的で綺麗なオメガの中のオメガと結ばれる。
ドラマみたいに恋に落ちて、二人で壁を乗り越えて、なんだかんだで海辺の教会で結婚式、反対していたはずの家族や支えてくれた友達に祝福されて、運命の相手と寄り添い合って、末永く幸せな日々を送るんだ……なにそれ、誰か映画化して……ヒットして興行収入ランキング上位に入るの間違いないから……。
「おい、ユズ、目ぇ開けたまま寝てんのか?」
気がつけば終わっていた始業式、谷に頭を小突かれて白昼夢から醒めた柚木なのだった。
このときの柚木は白昼夢に見るどころか想像だってしていなかった。
「……柚木、何でもするって俺と約束した……」
憧れのアルファと、あんなことになるなんて、夢にも思わなかった。
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